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ジェームズ・マンゴールド『フォードVSフェラーリ』ケン・マイルズのフォードへの贈り物

1

あたかもマシンとの不倫関係に制裁を加えられたかのような結末を迎えたケン・マイルズの言葉、「見事なマシンだ」は、シェル(キャロル・シェルビー)のケン・マイルズへの慎ましき称賛の言葉、「見事な走りだった」と向かい合い呼応する言葉ではなく、また、ル・マンの勝利を謳歌するフォードを代弁する言葉でもない。それは、過去の走行においてでも勝利においてでもなく、勝利を過去のものとして括りあげた上で、純粋に未来への幕開けの意味を持ち得た言葉なのだ。ワンショット内でのふたりの掛け合わない言葉が呼応するのは、時間においてのみである。つまり過去から未来へ。
ケン・マイルズをビートニク呼ばわりするフォードの副社長であるレオ(レオ・ビーブ)に理解する権利など殊更ないケン・マイルズのこの言葉は、フォード2世でもシェルでもない、ケン・マイルズの力量がみずからに判断を下すかのように、フォードの未来への接続ーそしてーであるマシンへの敬意におかれた出来事である。フォードの力量の比重は、ケン・マイルズがより多く占めることになる。

2

夜、レオの指揮により、ル・マンのメンバーから外されたケン・マイルズは、整備工場に流れるル・マンのラジオ中継に耳を傾けながら、ひとりでマシンの整備をしていた。そんななか、無作為に流れていたとは思えない、あたかもそれだけが切り取られたかのようにクローズアップされたラジオの音声、すなわち、「マシンに敬意を払うかのように…」が流れる。そしてこの音声こそがケン・マイルズの言葉が呼応する磁場であり、マシンが誰でもないケン・マイルズの理解を要求するかのようにケン・マイルズは、ラジオの実況音声からマシンの走り具合を聴き取り、誰よりも的確に、そして、マシンを抱擁するかのように呼応する。
ケン・マイルズを人間的に嫌うレオが、フォードのマシンに対するケン・マイルズの独創的な力量に危機感を抱き睨みつけ、ル・マンにおけるメンバーからケン・マイルズを外したことが却って、マシンがケン・マイルズの理解を直に欲するかのような状態となりフランスから帰還する。「レースは素人でも人間は分かる」と、レオは、ケン・マイルズを認めぬ謂れをシェルに言ったけれども、レース界の主体は組織における関係にあるのではなく、マシンへの敬意こそがレース界の精神的主体性を持ち得るのだ。レオの言う「フォードは"信頼"」の理念は、フォードの理念ではなく、レオがケン・マイルズを排除する謂れに過ぎない。

3

「6000以上回せる シェル 感じるんだ」

「全てが消えてゆく マシンは重さを失い…消える そして 肉体だけが残り 時間と空間を移動する」7000回転の未知なる波動に受け答えの出来る人物がケン・マイルズただひとりであるということは、シェルと、そして、シェルが運転するケン・マイルズが作り上げたマシンに乗車し、その走りっぷり(脅威)を知り、「父さんに…見せてやりたかった」と、まるで子供であるかのように泣きっ面を露わにし、涙を拭ったフォード2世が重々承知している。そしてこの涙は、フォード2世個人に押し寄せる脅威とともに溢れ零れる6000を超える回数に釣り合う比重である。つまり、フォード2世の涙の比重に釣り合うのがまさにケン・マイルズの力量であり、フォード史を塗り替える出来事なのだ。「見事なマシンだ」を、「見事な走りだった」に対してクローズアップしたのは、ケン・マイルズでしか権利を持ち得ぬ言葉であり、そして、未来に開かれた出来事だからである。なぜならこの言葉は、ケン・マイルズのフォードにおけるプラン、すなわち、フォードの未来を孕んでいるからだ。

シェル「速かった」

ケン「もっと速くなる あの7Lはすばらしい だがもっと軽いシャシが必要だ 実はアルミを考えてた 設計からやり直しだが 100kg近く軽くできる」

シェル「俺たち何話してる?」

監督 ジェームズ・マンゴールド
制作 2019年(アメリカ)

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