106: 宇宙の果てから来た男
宇宙暦 41263.1
艦隊から派遣されたワープエンジン専門家のコジンスキーとタウ・アルファC出身のアシスタントのエンジンチューニング中に、エンタープライズ号は想定外の宇宙の果てまで飛ばされてしまう。
コジンスキーは元の場所に戻ろうと試みるが失敗し、10億光年以上も離れた謎の空間に行ってしまう。これまでのチューニングの成功はアシスタントの「旅人」によるものであった。
エンタープライズが到達した空間は思考が現実となって現れ、虚実の境がなくなってしまう場所であった。
元の宇宙に戻るための鍵となる旅人は著しく体調を崩していたが、コジンスキーとウェスリーの助力によって無事にエンタープライズ号を元に戻すことに成功する。しかし、艦を戻した旅人は消え去ってしまっていた。
コジンスキー
このコジンスキーという人物、横柄で威圧的、自分の成功を鼻にかけて自分以外の人を完全に見下した態度を隠しもしないイヤな奴である。ここまで酷い奴には出会ったことはないものの、私たちの身の回りにも軽くコジンスキーがかった人間はいるのではないだろうか。「仕事でのチームの成功に実は一番何も貢献しなかったチームリーダー」なんて、どこにでもありそうな話ではある。
この鼻もちならないコジンスキーも、これまでのチューニングの全ては旅人がおこなったことで、自身の理論も実力も実はなんの役にも立っていなかったことが暴露してしまうと、途端に借りてきた猫のように大人しくなってしまう。どうやら薄々は気付いていたようなので余計に凹んでしまったようだ。
この偉そう〜しょんぼりの演技を見事にやってのけたのがコジンスキー役のStanley Kamel(スタンリー・カメル)である。最初のあのいやらしい傲慢で自信過剰な態度から、見事におどおどとビビったような表情に変化した。特に彼の大きな目がいい演技をしていたと思う。
残念ながらStanley Kamelは2008年に65歳でこの世を去っている。
旅人
誰がどうみてもこのエピソードの主役である「旅人」であるが、初見からして異星人であるとわかるちょっと異様な身なりをしている。なんとなく全体的に白塗りで、手は3本指のグローブのように見える。
エピソードのメインの登場人物ではあるが、彼の名前はどうもはっきりしない。ピカード艦長との会話の中で
I am (a) traveler.
と名乗っていて、この時「a」が入っているのか、いないのか、はっきりとは聞き取れない。口元ではいっているように見えるが音としては聞こえないような気もする。
なので「一介の旅人でさあ」と名乗らずに単に何者であるかを説明したに過ぎないのか、「『旅人』と呼んでくれ」と名乗ったのかちょっとわからないが、その後の艦長の返しからは名前として名乗ったのではなさそうな感じがする。つまり職業?がそのまま呼び名になったという感じではないかと思われる。
日本語では(字幕・吹き替え、ともに)「旅人」であるが、原語の英語でも「traveler」とそのままである。おそらく固有名詞として名乗ったのではないので、「旅人」と日本語に訳されたのだろうと思う。固有名詞としてならば「ピカード」を訳さないように(訳しようがないけれど 笑)「トラベラー」となっていたのではないかと思う。
このことから彼には私たちのような個人を指し示す名前のない、不思議なつかみどころのない異星人として描かれている。
役名ははっきりしないものの、この旅人を演じた人物の名前ははっきりと分かっていて (笑)、Eric Menyuk(エリック・メンユック)という俳優である。彼は幼い頃からのスタートレック・ファンであったらしい。そればかりかメインキャストであるデータ役をBrent Spinerと取り合ったらしい。結果的にはSpinerがデータを射とめたが、Menyukは次点であったということである。
彼の風貌と声質(私的に表現すると、少しくぐもったような優しいモコモコした声)からこの掴みどころのない旅人という役にはぴったりではなかったろうか。
それに対してSpinerのはっきりとした滑舌の良い感じはアンドロイドであるデータの声として合っているように思う。もしも二人の役柄が逆だったら…と想像してみるのも面白い。
Menyuk演じる旅人はTNGの中ではなかなか重要なキャラクターで、結果的にこの後2回、TNGのシリーズ中計3回登場することになる。彼はTNGファン向けのイベントにも積極的に出演していて、あの3本指のグローブはあまり好きではなかったと語っていた。
このエピソードの中で旅人はウェスリーと最初に打ち解ける。旅人はウェスリーの才能を即座に見抜き、その才能を伸ばせるようピカード艦長に進言をおこなう。
その結果エピソードの最後でウェスリーは艦長から少尉代理として正式に任命されることになる。この任命の場面も艦長と副長の芝居がかった演出が粋で、見ている我々も(我々だけでなくブリッジ内の他のクルーたちも)ニヤリとしてしまう場面だ。
こういう粋な演出はアメリカではやっぱりドラマ的なものなのだろうか?それとも日常的にあるのだろうか?アメリカに暮らしたことがない私にはわからないが、いずれにしてもあちら的な素敵な場面であることは変わらない。
思考と現実が繋がる世界
エンタープライズが舞い込んだ世界では思考が現実として現れてしまう世界だった。艦内でも色々なことが起こっている。
ピカード艦長は自分の母親と対面してしまう。エンタープライズの廊下でアフタヌーンティー?を勧める老婆。なかなかシュールな場面である。
私はアフタヌーンティーの習慣はイギリスのものと思っていたのだが、フランスでも一般的にああしてティーポットとカップをテーブルに置いてティータイムを楽しむ習慣があるのだろうか。それとも現実であるイギリス人のPatrick Stewartと虚構であるフランス系のジャン=リュック・ピカードとがないまぜになったのだろうか。まあ、ことさらにイギリスの喫茶文化を表現したものではなく、一般的などこにでもあるティータイムを演出したものなのかもしれない。
ちなみにこのピカードの母役を演じているのは、1985年のSF映画「Cocoon」にロージー役で出演したHerta Ware(ヘルタ・ウェア)。
私は「Cocoon」公開時に当時の彼女と映画館に見に行ったのだが、TNGを見てピカードの母がそうだったとは全く気が付かなかった。当時15歳だった私は初デートだったので、緊張して登場人物の顔なんて頭には入っていなかったのかもしれない。
またウォーフが喜んだクリンゴン・ターグも面白い。見てわかる通りイノシシを使っているが、野生のものを捕獲してきたわけではなく、きちんと飼い慣らされているものを使用したらしい。飼い慣らされたイノシシっているんだろうか?
後に製作総指揮のロバート・ジャストマンは「あの豚はひどい臭いがした。甘酸っぱくて、非常に刺激的な臭いだ。シャワーを浴びて浴びて、臭いを消すのに1週間かかったよ!」と話している。飼い慣らされているイノシシでも臭いは相当酷いらしい (笑)
Where No One Has Gone Before
このエピソードの原題は「Where No One Has Gone Before」である。「誰も行ったことないところへ」ということになるが、このフレーズはTNGのオープニングのナレーションのセリフの最後の一文でもある。
ちなみにオープニングのナレーションは艦長の声で読み上げられ、英語では以下のようになっている。
Space: the final frontier. These are the voyages of the starship Enterprise. Its continuing mission: to explore strange new worlds, to seek out new life and new civilizations, to boldly go where no one has gone before.
思考と現実が繋がる世界が誰も行ったことがない世界であることは間違いないとは思うのだが、なんとなくこの話の内容とオープニングの壮大な雰囲気を一緒にするのには無理があるような気がしてならない。オープニングの雰囲気を思うと、このエピソードはもっと壮大な輝かしい夢のある話であってほしかったと思うのだが…。
ただこのタイトルには次の旅人のセリフをつなげたいと思う。旅人がピカード艦長に語ったセリフである。
You do understand, don’t you that thought is the basis of all reality?
(思考とはすべての現実の元になるものなんだ。君にもわかるだろう?)
「Where No One Has Gone Before」に到達するためには、まずは想い、思い、考えることが必要なのだ。
人々への、特に若い人たちへの、そんなメッセージが込められているセリフではないかと思うのだ。