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子育て、今思えば……。我慢は強さじゃない

webマガジン『ミモレ』で、ジェーン・スーさんが新刊の共著者桜林直子さんと対談していました。その中で強く心に残ったスーさんの言葉があります。それは「みんな我慢が得意で、我慢強いんだけど、我慢は強さじゃないから」という言葉です。

この言葉自体は、何かにつけ我慢してしまい、自分が本当に欲していることがわからなくなりがちな女性たちに向けて語られた言葉でしたが、私が思い浮かべたのは息子のことでした。

小学校高学年でまあまあのいじめにあっていた息子。その事実を知ってからも私は、表立った行動を何もとりませんでした。一番の理由は、自分の行動によって事態がいっそう悪化するのが怖かったこと。どうすればいいのかわからなかった……情けないけれどそれが本音です。
そしてもう一つの理由は、息子が学校に行くのを嫌がりもせず、淡々と通学しつづけていたこと。「学校は行くもんだ」というような態度で。

思い出すと胸は苦しくなりますが、その頃も、のちに当時を振り返ったときも、私はただ「この子はなんて強いのだろうか」と思うしかありませんでした。まさに「ひどい状況にも我慢している=強い」と感じていたからです。

でも今回、スーさんの言葉を読んで改めて考え直しました。あの頃の息子の我慢は強さではなかった。あのひどい状況をやり過ごすには我慢して耐えるしかなかった。強いから我慢できた、わけではないと。
我慢(強さ)とはある意味、自分の心を麻痺させてその場を乗り切ること。でも本当の力は、それでも自分の本当に欲していることを感じるのをやめず、我慢することに流されないこと、なのかもしれません。

今大学生となった息子は、相変わらず友達は少なく、サークルにも属さず、家にいるのが好きで、華やかで楽しげな大学生活とは無縁です……
でも、あの頃みたいに我慢はしていないな、と思います。そしてもしかしたら、本当の強さを手に入れているのかもしれない。
今の彼は自分の心を麻痺させて日々を送るのではなく、自分が心地よくいられる状態を自分で選ぶことができている。大学で一人でお昼を食べる日があるのは私から見ると寂しい?と感じるけど、本人にとってはそれが楽で心地よくて、人目を気にせずにその状態を選ぶのは〝強さ〟とも言える。

親は子供が「我慢強い」のがいいことだと感じがちだけれど、本当に「強い」のはいやなことを「我慢」ばかりせずに、自分が欲する状態をちゃんと自覚して選べること、ではないかと今になると思うのです。


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