「年甲斐もなく」という言葉が憧れで、目標です
年末年始、2025年はどんな一年にしたいかなと考えている時に、「年甲斐もなく」という言葉を何度か目にして、なんか素敵でいいなあと感じていました。
辞書によると「年甲斐もなく」とは、「年齢にふさわしくなく愚かであること」だそうです……。愚か? でもそれって誰が決めるの?
漫画家のひうらさとるさんがnoteで『中年が終わって、またパーティは始まる』という記事を書かれていたのですが、それがすごくカッコよくて。
漫画家40周年パーティを開く前にいろいろ大変なことがあり、一瞬「なんのためにこんなことしているのか?」的な気持ちになったけれど、それでも開催にこぎつけた。そのことについての、「むしろ、この歳でアホなの⁉と思うことをやった方が楽しい」という言葉にシビレマシタ。
私は元来、「年甲斐もなく」などという言葉に弱い方です。
こんなこと言ったらどう思われる? こんなことしたら何を言われる? こんな服着たら、こんなことにお金使ったら……
いつもそういうことを気にしています。でもそれって、どこの誰にそう思われるというの? たとえ思われたとして、それでどうなるというの?
今年は、そういう主語のない曖昧な縛りから自由になろう。
「年甲斐もなく、こんなことしたよ!」と笑って言える一年にしよう。
「母ちゃん、いい年してよくやるよな……」と息子に思われるような一年に!