2年芸会オーディション
激動の創大祭が終わり1年生ライブという間髪入れずに始まる戦いに身を閉じる一年生以外の上級生はゆっくりできる。訳がなかった。
例年年明けに行われていた芸会の代表チームを決めるオーディションが、この年から11月の中旬に変更になった。
創大祭終わりからの1ヶ月間、たくさんネタを作らないといけなかった。
僕らにはとにかくネタがなかった。1年の終わりからコンビを組んで、2年の前期は活動できず、復活してから作ったネタは全てスベってきたから。
組める外ライブはとにかく組んだし、出れるライブがあったらとにかく出た。ネタが必要だったから。
オーディションがあるということはチームを決めなければいけないということ。
落研のチーム決めは最上級生の決断を待たないといけない。正直僕らはその必要なかったんだけど、6期は漫才多かったし、僕らが先輩と組める可能性はほぼないと思ってたから。
相方は違ったけど、勝ちたいが先行してて、先輩になんだったら4年生にも声かけよみたいな感じだった気がする。僕はあんまり乗り気じゃなかったから動かなかったけど。
同期で考えたらやっぱりコントは無添加。一年のとき組んでたし、やっぱ面白いからどう考えても無添加に声をかける感じだった。
ピンはまぁオオモリでしょって感じ。どちらにせよ自分が書くことになるし、オオモリジャパンを生み出してから大森を勝たせるってずっと決めていたのもある。
すぐに声をかけに行った。すると無添加とオオモリは組むことを決めていて、話早いじゃんって思っていると、
漫才は先輩と組みたいと言われた。
何回も話したと思う。それぞれもあったし5人でもあった。正直断られた理由はハッキリとは全然覚えていない。感覚として同期に認めてもらえなかったっていう感じが強すぎて、ただただ悔しかったことだけ覚えてる。
ぶっちゃけ僕は同期と3年も見据えて戦いたかったから、残す選択肢はヤマアラシとForever小林に声をかけるだけになってた。
テマエミソに関しては皇太子から声をかけてくれていたけど、アナログがその気がなかったのを知っていたから選択肢になかった。
3人それぞれに同期と勝ちたいことを伝え、7期としてこの冬結果を持って証明したことを伝えた。3人は快く問題児の漫才を受け入れてくれた。
7期の男演者5人が集まれば仲は良かった。元がそんなに良くないし、人間性もバラバラだから他の期に比べたら仲良くはなかったかもしれないけど、それでも雰囲気は良かったと思う。
直近オーディションの目標はもちろん色を取ることだった。だけど個人的な目標でいうと、俺は無添加とオオモリが俺らを選ばなかったことを後悔させることだった。
正直その感情だけで、この期間頑張れた。
Forever小林はだいたいおふざけするネタが決まっていた。俺らも対決ライブで手応えを得ていたネタを練り直していく。ヤマアラシだけ、二日前まで何も決まらなかった。
ヤマアラシも俺ら以上に悔しい思いをずっとしてきたコンビだと思う。彼らは唯一ずっと続けていた。ライブに出続け、活動も真摯に取り組んでたけど、コンビとしてウケたことがなかった。それは想像を絶する苦悩だと思う。お笑いが特段好きなわけでは無い人間が、ウケる感覚を知らずにここまで続けて、もがくのはゾッとする。だからこそオーディションで何をやればいいかなんて本人たちも僕らもわからなかった。
と言っても迫るオーディション。二日前にネタはゼロ。その日僕はたけしに翌日のネタ練りまでに題材を決定してくるように伝えた。遅すぎるくらいの注文だったけど。
その約束は果たされなかった。
まぁ難しいよ。その時は何考えてんだこいつって思ってたけど、今思えばあの状況下でチームメイトからのプレッシャーがある状態でネタを考えるのなんて無理だなと思う。
その日たまたま思いついた僕の題材をあげることにした。他の3人が来る前に、俺は漫才のネタ練りしておくから、たけしはネタを書くように言った。たけしはサボらなかった。ただ書けていなかった。1文字も。
人からもらった題材をどう広げていいのかわからないのはよくあること。僕は馬鹿な注文をし続けていたんだ。
だから僕が書いた。面白いの出来た。
本人たちも喜んでくれたし、チームとしても自信が出てきた。前日にして。これであいつらのチームを倒せるぞ。僕は内心見当違いで駆られた復讐心でいっぱいだった。
当日オーディションの香盤が発表される。
僕らはさんぽうの人材グループの兼ね合いもありトップバッターだった。
でもこの時も心は折れてない。
流石に芸会オーディションは張り詰めた緊張感のある空間だった。
裏方もこっちも全神経を使う音響確認を終えて、いよいよオーディション
まず僕ら漫才。「ヒッチハイク」つかみから最初の大きいボケ、角度強めのボケ、後半の大ボケと、、、なんだろう創大祭のオーディションと同じ感じだ。ギリギリ合格点65点って感じ。
やばいやばいやばいやばい。
ヤマアラシのコント「ホームアローン」SEを使ったバラしコント。バラしウケた。ボケ一個一個丁寧にウケてる。
ヤマアラシがウケている。その感動は袖で見ていた僕らよりも、本人たちが1番感じていることを彼らのネタ中の表情が物語っていた。
Forever小林。ウケず
題材はいいけど、なんのお笑いもせずふざけたボケの羅列になってしまっていたと反省した。
ヤマアラシと自分たちで小林まで手は誰もまわってなかった。
直後希望は捨て切ってはいなかった。先輩たちがウケようがまぁ少ししょうがないとも思っていたし、赤組のウケ方はやっぱすごかったけどね。鶴翼の陣もテマエミソが先輩たちと作り上げたネタでウケているのが悔しさよりも、感動が勝って嬉しかった。
ラストを残してまぁここが代表だろうと大方予想がついてきた中で、イソグドッグ、無添加劇団、オオモリジャパンが大トリとして登場した。
イソグドッグは今までのベストアルバムを作ってきてウケていた。実は僕は一年生の頃、イソグドッグの直樹さんと1番仲が良かった。毎日遊んでたし家にもずっといたくらい。2年になり僕が忙しくなってあまり遊ばなくなってから、なんだか急に距離ができてしまった。そしてこのチーム決め、僕の心の距離も勝手に大きく離してしまっていた。だからウケていようが何をしていようが昔ほどこのコンビに関心を寄せていなかった。この直樹さんとの距離はほんとに後悔している。
そしていよいよ無添加劇団「入試の試験官」
体感だけを伝えよう。
ウケすぎて、みんなが笑いすぎて、周りの景色が自分を取り残して全て白くモヤがかかりながらスローモーションに再生されていた。
こんな感覚は初めてだった。後にも先にも
僕は悔しさのあまり、一ミリも笑うことなくただその周りの爆笑による爆発音を聞き入れるしか出来なかった。
オオモリジャパンはというと、さすがは直樹さん。僕がオオモリジャパンを作ったとはいえ、中身を一緒に作っていったブレインは直樹さんでもあった。だからこそのオオモリジャパンプロデュースだった。大きく今までをフリに使ったネタでウケてた。
結果はこの後すぐに出る。
加住市民センターで待機中、微かに残った希望だけを胸に体育座りをしていた。
結果のメーリスが流れる。僕たちは数票しか入っていなかった。もちろん僕は自分たちに入れていない。一年生のチームに超えられているところもあった。
全員が帰路に向かう中、部長として最後まで加住市民センターに残り送り出しながら、表情筋が一つも動かせなかった。部長としての業務をしていればしているだけその時は、部長のくせに代表じゃないということがのしかかってきた。自分たちの不甲斐なさと勝手にライバルにしていた彼らは代表に文句なしに入っていたことへの感情もあった。
1番辛かったこと。このときの結果になんの不満も出せなかったこと。
僕は家に帰ってソファに突っ伏せ、嗚咽が出るほど泣いた。
僕は部長になるとき、ずっと泣かずに最後日本一をとって初めて涙を見せるすごくかっこいい人になると決めていた。
現実は部長になってから毎回のように泣いている泣き虫だった。