「イギリスの狩りの風景」~「パトロン父の底力」と「母の刺繍」の関係を知る
実家を片付けていた時、この作品「イギリスの狩りの風景」を見つけた。家で、飾られた事がない母の刺繍作品だ。
「こんな額を刺したのね~!」と私は母に、ちょっと「すごいじゃない!」という気持ちを込めて言った。すると、何故か母は、期待外れの反応だった。母は、この作品を気に入っていない。
創作された作品をどう評価するかは、作った本人とそれを鑑賞する側で、必ずしも同じとは言えない。母の中で、「作らされた」という思いが強い作品なのだそうだ。だから、私からすると「素敵じゃない!」と思うこの作品を、母は家で飾ることが無かった。
しかし私は、「作品の素晴らしさに反比例する母の反応」よりも、この作品の裏にある「父のパトロンぶり」に、一番、驚いたのだ!
先ずは、この作品の「基」になったもの
この作品の図案の原画は、「ヴィクトリア&アルバート美術館 イギリスの染織(監修:ドナルド・キング 翻訳監修:北村哲郎)」という本に中開ページで、掲載されている。
【母が刺繍で使用した場面】
本に記されている説明は「つづれ織りのベット用の垂れ布 田園生活風景 シェルドン織 16世紀末あるいは17世紀初」とある。もともとは長い織物としてつくられたもの。その一場面を切り取るようにして「刺繍図案」にしている。
当時、母が所属していた「おんどり刺しゅう研究グループ」で指導されていた板垣文恵先生が、この本を持っていて、それを参考にこの作品を作ることになったらしい。
「パトロン父」の登場
母が、この作品を作ることになったある日、父が会社の帰り、東京駅近くの「八重洲ブックセンター」で、板垣先生が持っていた本と同じ本を買ってきたのだ。この本は「3巻で1セット」になっている。父は、「全3巻」購入した。
「3冊で10万もしたのよ~。送料は、サービスしてくれたから~よかったわ」とか母は言っていたが、ちゃんと確認してみると「1冊39,000円」の定価が記載されていた。この頃は、まだ「消費税」ってなかったのかもしれないけど…
言っておくが、我が家はお金持ちではない!父は普通のサラリーマンだった。
母の話しだと、母が依頼した訳ではなかったのに、「父が自分から買ってきた」というのだ。だから母自身も、意外だったようだ。この話を聞いた時、私は「いったい、父は、全部でいくら払ったの~!」と呆れた。
(「ウイリアムモリス」や「ミュシャ」の作品も掲載されている。)
母は、他に作品を作る際にも、この本を参考にしていた。
「もちろん、そうしてよ~。こんな高価な本を1回だけしか使わなかったら、元が取れないでしょ…」が私の本音。
「図書館に置いてあるような本だね~」と私の娘が言った。母が持ている本の中で、一番大きくて、とても重たい本だ。92歳の母の力では、自分でこの本を広げて見る事すら、今はできない。
父は、「芸術に理解のある人」だった。
だから父は「母のパトロン」として、母の刺繍の創作活動に協力的だったし、(私からしたら)母が創作のため「湯水のようにお金を使う事」を尊重していた。
父は「海外旅行に一度も行った事が無かった」けれど、母は、刺繍の研修旅行で数回、東ヨーロッパを中心に海外に出かけていた。
そして「大正生まれ」の父は、色んな意味で不器用な人だった。
父の「母が刺繍をすること」への理解は、私の祖父母と一緒の生活の中、専業主婦で「長男の嫁」として、役目を果たしていた母への「唯一の愛情表現」だったと私は思っている。
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