ウミガメと海軍の救出
これはほんとうにあったお話です。
今から15年ほど前、わたしがタイに住んでいたころ、タイの南の島で起きたできごとです。
そのときの新聞記事も切り抜いていたのですが、残念ながら紛失してしまいました。記憶を頼りにアレンジを加えて、お話仕立てに つむいでみました。
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あるところに、ちいさな島がありました。
まっしろい砂浜が ぐるりと島をとりかこみ、海はエメラルドグリーンにかがやいていました。大きなヤシの木たちがにょきにょきと そびえ立ち、砂浜にすずしい木かげをつくっています。🏖
ダオルンは、この日も朝早くにさらさらの白い砂浜を横切り、船着き場まであるいていきました。もう30年ちかく、ダオルンは毎朝 海へ出て漁をしていました。🌊
おじいさんから受けついだ、ちいさな船🚤。それがダオルンの相棒でした。
さて船に乗ろうと思った瞬間、ダオルンは少しだけ胸騒ぎがしました。いつもなら意気揚々(いきようよう)と乗りこみ、海へと出て行きますが、なぜだか今日はほんの少し、乗り気がしなかったのです。しかし海を見ると、この日も海はおだやかで、外海も深い藍色できらめいていました。
「ダオルン、さきにいくぞ! じゃあな!」
漁師仲間のトンチャイは、白い歯をニカっとさせて、ブイーンと海へ出て行きました。
(よし、おれもいこう!)
ダオルンは、ほんのちょっぴり感じた不安をおしのけ、ちいさな船に乗りこみました。🚤
ブイーン! エンジンが元気よく立ち上がりました。
「うん、今日もいい調子だ。たのんだぞ、相棒!」
ダオルンはにっこりして、愛情をこめて船を2回、ぽんぽんとたたきました。それから外海へとハンドルを切り、船を走らせました。さわやかな海風と潮の香りがダオルンの頬(ほほ)をなでていきます。限りなく広がるあおい海と空に はさまれて、船はすべるように進んでいきました。
(うん、やっぱり海はいい!)
広い海に出ると気持ちも大きくひろがって、ダオルンはすっかりくつろいで、いつもどおり漁にとりかかりました。イキのいい元気な魚たちも順調に釣りあがっていきました。
それからしばらくたったころ...
(ながされている)
ダオルンは、魚の網を引きあげながら、はっとして顔をあげ、まわりをみわたしました。ちいさな船は、いつの間にか異様な潮の流れのなかにまきこまれていました。船はどんどんどんどん沖へ沖へとながされていきます。とても強く、かなり速い潮の流れです。🌀
ダオルンはなんとかこの潮の流れから抜け出そうとしましたが、下手にハンドルをきると返って転覆(てんぷく)しそうになりました。ちいさな船は なすすべもなく ながされていきます。
「あぁ」
ダオルンはため息をつき、頭を抱えこみました。
(仕方ない。流れにまかせるしかない)
ダオルンは昔、おじいさんから教えてもらったことを思い出していました。強い流れのなかで抵抗することは、かえって自分の身に危険をおよぼします。こうなれば、もう逆らわずに、なるべく船の体力を残して流されていくしかありません。🌀
やがて四方八方、見渡す限り海だけになりました。日没も ようしゃなく近づいてきます。落ち着いていようと思っても、ダオルンの心には恐怖がせりあがってきました。
(あぁ、おれはもうダメかもしれねぇ…。燃料もほとんどつきてしまった。1日分しか つんでいないんだ。あぁ、どうしよう…)
ダオルンが途方に暮れていたそのときです。
ゴツン!
何か固いものが、ダオルンの船にあたりました。ちいさな船がグラリと揺れ、ダオルンはとっさに船にしがみつきました。
ちいさな船の半分が、ほんの少し海からせり上がっていました。ダオルンがおそるおそる船からのぞくと、なんとそこには…
「か、亀?!」
なんと、おおきなおおきな巨大なウミガメでした。ウミガメは、人懐っこい黒い瞳をきらきらさせてダオルンを見たあと、船を軽く持ち上げ、自分の背中に乗せたのです。そしてそのまま、ウミガメは力強く泳ぎ始めました。
いつの間にか危険な潮の流れを抜け出し、しばらく経つとダオルンの前方になつかしい大好きな島が見えてきました。
「あぁおれの島だ! たすかった! たすかったんだ!」
ダオルンは、ほっとしてへなへなと船に座りこみました。ダオルンの胸のなかに、言葉にならない、あたたかいきもちと力があふれんばかりに湧いてきました。
「ありがとう、亀さんよ。あんたはわしの命の恩人だ。あぁ、ありがとうございます。ありがとうございます」
ダオルンは何度も何度もウミガメと天に向かって声をあげました。
やがて、ちいさな船を背中に乗せたウミガメは港のなかへと入って行きました。
「ダオルーン!」
漁師仲間たち、それに近所の人たちも集まり、港から手を振っていました。トンチャイは手をたたいて喜んでいます。港ではすでに「異様な潮のながれ」を見て、ダオルンが流されたという情報が広まっていました。そのダオルンが、なんとウミガメの背中に船を乗せて無事に帰ってきたのです。みんなびっくりするやら嬉しいやらで、港は異様な雰囲気に満ちていました。
港に入ると、ウミガメはそっと船から離れました。ウミガメはこの旅でかなりつかれたのでしょう。その近くで休息をとっているようでした。
それから3日ほど、ウミガメはそこにとどまりました。ダオルンはちいさな船にたくさんの食べものをつんで、毎日このウミガメに会いにいきました。3日目のあさ、ダオルンのもってきた たくさんの海藻や果物を食べたウミガメは、ダオルンのちいさな船のまわりを3回ゆっくりとまわりました。
「あぁわかった。もう、いくんだな」
ダオルンは手をのばし、その大きな甲羅を心を込めてなでました。
そしてウミガメはゆったりと沖の方へと帰って行きました。
(おしまい)
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まるでおとぎ話のようですが、これはほんとうにあったお話です。
生き物たちが導いてくれたり、寄り添ってくれたり、助けてくれたり、というのは意外と身近でたくさん起きていることなのかもしれません。残念ながら日本ではあまりニュースとして取り上げられませんが、タイの新聞やテレビではこういった素敵なニュースもたくさん見かけました。
そんな私も海で「救出」された経験があります。残念ながらウミガメに、ではなかったのですが(ウミガメだったらなんてロマンチックだったでしょう🥺笑)。
タイに留学していたその年、わたしは休暇を利用して友人たちとタオ島(「タオ」はタイ語で「亀」という意味です)へ向かいました。
スキューバの免許を取りに行く格安ツアーに参加したのです。貧乏学生だったので夜行バスと船を乗り継ぐ、かなりハードな旅のひとつでした。スキューバも4-5日の集中講座と実技で免許が取れるらしく、泳ぐのが好きな私は気軽に友人たちの誘いに乗ったのです。🏖
しかしながらそのころ、タイの南の海上では当時史上最強ともいわれた巨大なサイクロンが発生していました。スキューバの実習で何度か海にも もぐるのですが、サイクロンはまだ遠いといえど、雨が打ちつけ、海のなかも砂が巻き上がり濁っていました。🌀
「美しい海に感動する」という当初の夢はうち砕かれ(😂)、タオ島はサイクロン前のどんより雲と雨がつづき、海にもぐったどの日も、海底の砂が巻き上がっていて視界があまりよくなかったのです。🌀
もぐるときは必ず2人1組で「バディ」を組みます。安全のためにもお互いを確認しながら泳ぐのです。しかし、ある日の海での実習のこと。なんと、わたしは海で迷子になったのです。
自分のバディも先生も他の生徒も、確かに近くで泳いでいたのですが、一瞬にして(!?)私はひとりになっていたのです(一瞬で、と書きましたが、記憶がないので覚えていないのです)。
気づくと私は海のなかにただひとりでした。まわりを見わたしてもだれもいません。そして、本当はしてはいけないのですが、わたしは浮上しました。現在地を確認したかったのです。海から顔を出すと、少し遠くに船が見え、そこで少し安心し、そちらに向かってまたもぐって泳いで行ったのです。運良く私を探しにきてくれていた先生と海のなかで再会でき、難を逃れたのですが、ほんとうにあぶなかったなと後でぞっとしました。
ダオルンさんも「異常な潮のながれ」に巻き込まれましたが、海では普通にあることのような気がします。長年の漁師さんでさえ予測できない潮や流れ。ましてやサイクロンがせまっているなか、海のなかはすでに荒れ模様だったし、潮の流れが予測できない部分が大きかったように思います。わたしたちは一応「免許」は取れたのですが、その直後にサイクロンがタオ島に直撃。わたしたちは島から出られなくなりました。
そして、救助にきてくれたのが、、、
タイ海軍。
大きな軍艦に乗ってタオ島から出たのですが、強風で船は大揺れ。私はただでさえヘトヘトだった上に完全に船酔いし、散々な旅でした。笑
ダオルンさんとウミガメのエピソードは、何年経っても色褪せることなく私のなかに生きています。
真の友情
それは あらゆる種をこえて
それは すべての分断をこえて
うそいつわりのない
純粋な その想いは
真の絆を むすんでいく
そこから たちのぼる
愛の きもち
あたたかな 想い
それはすべてに もたらすでしょう
まことのよろこびと
ひかりの きもちを
そして 世界は
もっともっと
やさしくなる
うつくしくなる。