新六郷物語 第八章 四
「武功とはどのような働きをしたのか」
隆村は隠さずに話をした。安岐城攻めでは城代安岐宗幸の首級をあげ、城代の側にいた伯父には逃げるよう勧めたが、後から攻め込んだ大殿大友義統配下最強の使い手安東正勝に討ち取られ、まさに首級を落とされんとしていたところを、伯父を助けられなかった怒りで安東正勝を蹴飛ばしその胸に剣を突き通してしまった。安東正勝にすれば、同じ攻めての味方に突然殺されるのだから、無念だったに違いない。また、鞍賭城攻めでも城代の伊美睦門の首級をあげた。その時も、叔父藤本信雄は城代伊美睦門の隣りにいた。同じように叔父に逃げてくれと頼みながら、襲い掛かる六名の敵を倒し、最後は城代伊美睦門に斬りつけられたが、ついに討ち取った。同時に叔父は、隆村見事じゃ、そう言って自害した。伯父安岐周蔵の首級も叔父藤本信継の首級も渡したくなかった。みかたの武功を横取りする気はないが、二人の首級が検分されるのが許せなかった。やむなく自ら首級を取った。その時の感触がいまだに手についている。褒賞が大きくて皆に褒められたが、その度に伯父達を救えず苦しい思いがぶり返してくるのだ。藤本家へも安岐家へも弔問には行ったが、もう昔の繋がりは取り戻せない。その上、千燈寺で、逃げてくれ、と叫んだが、弥平も仙も微笑んで火の中に消えた。さらに臼杵城では宗麟公の乱行を目の当たりにした。被害にあった人が偶然火事で助けた安東篠で、安東正勝未亡人だった。自分が戦に出ていなければ、篠も未亡人にならず、臼杵に女中として働くこともなく、宗麟の餌食になることもなかったはずだ。
「嫁を貰って家を興しても、武家の義理に縛られ、また悲惨な思いをしなければならないと思えば、嫁を貰う気になれない。嫁を早く貰えとせかされるから、戦以来、府内に勤めることが多いのもあって武蔵の家には帰っていない。主から暇を貰うと馬で近隣を駆けるしかない。今日はたまたま武蔵の今市城に報告に上がり暇を貰ったので、ここへ来た。暇が開ければ府内に戻らねばならない。このまま武家でいるのが辛い。純平が羨ましい。人に喜ばれる仕事をして、いい仲間と楽しく暮らしている。簡単でないのはわかるが、同じ剣を使うのなら、山賊退治や狼藉者を手加減して退治する方がいい。命を奪うのは、後になって身に堪えて仕方ない。それに、武家は本来住民の命と財産を守ってやるもの。そのために外敵と戦い命を落とすことになっても悔いはない。それが、寺を焼け、仏像を壊せ。挙句、何も守る物が無いのに伯父達と刃を交える。全ては大友家のためにだけだ。大友家がまともであるならまだしも、悔しくて、苦しくて仕方ない」
と心情を吐露した。吐露した後で、なぜこうも全てをさらけ出して話してしまうのか。浄峰様の目を見て、純平や佐和様を前にすると、隠していることが恥ずかしく思えてならない。考える間もなくさらけ出しているのだと気がつく。ここは素直になれる。そうだ。そのために来たのだから、身内なのだ。浄峰様が言っておられた、何か助け助けられることもあるかもしれません、と言うのは自分のためにあったのか。
「隆村様、水は高い所から低い所にしか流れません。逆らって流れることはありません。私は浄峰様に、人が幸せになるのに、位や身分は関係ないと教えられました。周りの人を助け、また助けられて、それぞれの役割を果たすこと、日々の勤めを果たすことが幸せになるのだと。思うがまま、生きられたらよろしいでしょう。隆村様がお守りになる、いま一番大事なものは、ご自分だと思いますよ」
佐和がそう言った。
「そうか、思い出しました。千燈寺で浄峰様は、悩むことは苦行を超えて行く上でやむを得ませんが、悔悟しても進めません。過ちは繰返さない努力をすれば済みます。ご自分を大事に、周りの人をお大事に、必ず御仏が良い道へ導いてくれます。そうお話になられました。素直に生きればいいと言うことか」
「隆村殿、佐和様の言う通りです。苦行は受けなければいけませんが、過ちを繰返してもいけません。ご自分を大事にし、周りの人を大事にすることが必要です。その役割は時によって変わってきます。剣を振って人を殺めた時は、どんな場合であれ、悔悟されるでしょう。ご自分を責める。また状況を責める。また他の人を責めることがあるでしょう。それも素直な気持ちの表現です。その憤りは経験として、人助けになります。現に今日は、田口殿に園殿、柚殿をお助けしたではありませんか。これもいままでの苦行が、最善の形で人を幸せにしたのです。矛盾を感じながら勤めを果たしたことは、今後大きな経験として、周りの人へお返しできる幸福の根源になります。矛盾を持続させることは出来ません。いますでに、ご自分の役割が違うとお気づきのようですから、素直になられたらいいのです。そうすればより周りの人を大事にできます。何よりご自分を大事にできます」
浄峰は隆村にそう言った。
「そうです。その通りです。隆村様が武蔵の殿にこのまま仕えられるのは良くありません。ここにお出でになってください」
是永園がいつの間に戻って来てそう言った。
「影平家は弟殿に分家として相続が認められたのであれば、隆村が自由になろうと、許されるのではないか。お父上は寂しかろうが、強く反対されることもあるまい」
純平が言う。
「影平殿、私は伊美睦門様に仕えていました。あの戦で使い走りをさせられたために、命を永らえて来ました。私どもはあの戦で守るべきものを守れませんでした。鞍懸城では主を失い、千燈寺では母を亡くしました。焼け爛れた六郷を彷徨い。府内を彷徨い。西寒田神社で大友宗麟公の近習の堤基矩と言う方と知り合いました。堤殿も臼杵と府内の板ばさみに会い、自分の務めが豊後の国のためにならず、大友家の都合に帰結する無念を述べていました。二人で藤の花を見て、自然に逆らうことなく生きよう。私は六郷に戻り、六郷を守るためにだけ剣を使おう。そう決めて純平を訪ねてここに来ました。それから、剣を鍬に持ち替え、いまは有里という大事な人と巡りあって、毎日忙しくはありますが、これほど楽しいことはありません。私は毎日の役割を果たすことが、六郷のためになっていると思います。これほどありがたいことがありましょうか」
黒木信助が言った。
「影平様、この六坊家は驚くところですよ。私など使用人なのに、お客様があろうが、食事は同席させていただきます。主の純平様は家に使用人はいない。皆家人じゃ、と申します。隠し事も全くありません。純平様が今日は何をされているか、六郷のどこのお寺がもう直ぐ竣工する、など、この家の者ならみな知っております。私など出来ることは知れています。それでも皆で一緒に働いている気持ちになるのです。ご覧のように、位も身分もありません。ここにあるのは各自が役割を果たすこと。その役割が多少違うことでしょう。この楽しさは、ここにお集まりになる六郷の調整役の方々も驚いて行かれます。集りがある日以外にも、何か用を見つけてここにお見えになります。それだけ回りの方を幸せに出来ているのだと思うと、これほどありがたいことがありましょうか。私は本当に幸せでございます」
小崎庄助が言った。
「ここの雰囲気は、六坊の家と全く一緒だ。私はまだ元服前だったが、何日か泊めてもらったことがある。辛夷の花が咲く頃で、清廉で隠し事がなく素直に楽しい毎日であった。あの思い出は忘れられん。あの時いただいた鍋の味は今でも思い出す。弥平殿は、美味しい、美味しい、仙の鍋は本当に美味しい。そう言って食べておられた。今日食事を頂いてあの時を思い出した。私が子供の頃、藤本の祖父が、私を捉まえては、隆村、弥平のところへ行けよ、弥平を頼れよ、いつもそう言うのだ。子供ながら毎度会うたびに何度も何度も繰返されると、言葉はすっかり覚えている。でもなぜそう言うのか、最近までわからなかった。今日ここで食事を頂き、皆様の話を聞いて納得しました。弥平殿の偉大さがわかりました」
「隆村様、私の父もそうでした。河内から一人馬に乗って、伏龍に会いに行く、そう言って嬉しそうに出かけて行くのです。弥平様に会いに。まるで恋人にでも会いに行くようでした。私はあまりお目にかかっておりません。残念です」
佐和が言った。
「私は父を尊敬している。しかしいま思うに、母はまだ偉かったような気がする。母はいつも父を褒めていました。小さい子供のうちからそうやって父親を敬う心を持つと、子供もまた自信になります。自分の父は偉い、だから自分もそうなろうと。全てがうまく行くように仕向けられる。私は二人の親がお互いを尊敬しあい、大事にしている姿が家だと思っている。それ以外の家を知らないだけだ。それに佐和がまた凄い。よく働くし気が尽くし、もったいないくらいだ。これほどありがたいことがあろうか」
「そうです、そうです。この家は本当に幸せでございます。私などもう天国に暮らしているようでございます。毎日が平穏で、もうありがたいことです」
田口豊が言った。
「今日両子寺で来縄の田村信衛殿に会った。田原親家殿に就いて高田に赴任した若者の多くがバテレン信者で、神社仏閣を毛嫌いしているそうじゃ。今日隆村が懲らしめたのもその連中のようだが、まだたくさんおるそうだ。若いのに殿に就いて来たものだから自惚れているのだ。田村信衛殿はいま建てている寺や、それをあと押しているこの家は警戒すべきだと言ってくれた。そうは言っても毎日ここを動かぬ訳にはいかぬ。隆村、いまの勤めを区切られぬなら、手伝ってくれまいか」
純平がそう言った。
「そうです。隆村様、是非そうして下さい」
是永園が言った。
「隆村殿、お心の赴くままに、です。周りの人をお大事に」
浄峰が言った。
「この屋敷の向こうはいま開墾しているが浄周山純和寺の寺領にする。上の台地には寺が建つ。川のまだ向こうはこれから開墾する。隆村殿のような手は直ぐにでも欲しい。しかし勝手に辞められるか。わしのように、主がいなくなれば別だが、武蔵には実家がある。実家の都合もある。上手く辞められたらいいが」
黒木信助が言った。
「純平、佐和様、もし私が武家を辞めたら、ここにおいてくれるか」
「部屋は空いておりますし、仕事はいくらでも待っております」
佐和が返事した。