新六郷物語 第七章 二
浄峰は河内の旧吉弘雅朋邸跡に立ち、長い黙祷をした後、供養塔の前で法要をした。その読経は近隣に響き、声を聞いた者が続々と出て来た。吉弘雅朋家と海賊犠牲者の法要が終ると、浄峰は黒山の人だかりを前にした。佐和と純平は浄峰に頭を垂れて礼を言った。同席した真木伝衛門が、人衆に声をかけた。
「皆様もご存知の通り、ここは吉弘雅朋様、満知様の供養塔でございます。今日は、比叡山から戻られました浄峰様に法要をして頂きました。浄峰様は、ここにいらっしゃる吉弘雅朋様、満知様の一人娘佐和様の婿、六坊純平様の兄上様でございます。今日より六郷の地を説法して歩かれます」
「おお、あのお方が浄峰様じゃ、読経の響きが違ったの」
「ああ、ありがたいことじゃ」
「浄峰様じゃ、浄峰様がお戻りになったぞ」
人衆から様々な声が上る。浄峰はその人衆の中に進む。自然と浄峰を囲む輪ができる。浄峰が話を始める。
「皆様、このたびは大変なご心労だったと思います。六郷の名刹がことごとく焼かれ、御仏も灰塵になりました。さぞ、お辛いことと思います。私も千燈寺で育ち、伝乗寺で学びました。比叡山で十六年修行しましたが、一日として六郷のことを忘れたことはありません。美しい山、澄み切った川。何より優しい皆様のお心がありました。御仏に抱かれたこの六郷であればこそ、人と人の絆が育まれ強くなっていったのだと思います。御仏はまだ六郷の地にあります。本来御仏は心の中にあります。私達はお寺の御仏を見て、そのお姿から御仏を自分の心に育てて行くのです。いま寺も、御仏のお姿こそありませんが、皆様の心の中に御仏はあります。日々の暮らしをすることで、御仏は心の中で大きくなり極楽に導いてくれます。焦土になったからと言って諦めることはありません。心の御仏が生き続ける限り、六郷の地も、六郷満山も、必ず復興致します。日々、なさねばならない仕事があります。人は決して一人では生きていけません。周りの人に感謝し与えられた仕事をすることが、自分を活かし、人を助けることになります。手を携えて、絆を深め、気負わず素直に、できることをやって行きましょう。必ず御仏に加護されます。人それぞれ役割があります。子供には子供の、お年寄りにはお年寄りの、姿や言葉で支えることも役割です。感謝の気持ちでその責任を果たして行けば、必ず御仏に守られ幸せに暮らしていけます。まず心の御仏を大事にしましょう。日々の生活の役割を守りましょう。それが幸せになり六郷を復興させることになります。隣の方へ声をかけ、諦めずできることから始めましょう。今日より明日は必ずよくなります。心にお悩みがある方はこの地の調整役の方に申し入れ下さい。場所さえ決まれば私が出向きます」
人衆は目を閉じ静かに聞き入っていた。
「親が報恩寺で焼け死んだが、誰も弔いをしてくれん。報恩寺で経をあげてもらえんか」
「六郷の焼かれた寺は全て回り、必ず弔いをさせて頂きます。ご安心下さい」
「おお、ありがたいことじゃ、これで成仏できるぞ」
「それにしても見事な経じゃ、わしは洗われたような気がする」
「わしの親は、寺が焼かれた衝撃で寝込んで死んだ。弔いの経をあげられぬ。寺もないし、僧もおらぬ。いつか来て貰えんか」
「これ、これ、浄峰様は六郷全部を回られる。そう勝手に頼まれても行かれぬぞ。焼かれた寺で経をあげる時に、そこで一緒に弔いをしてもらえばよかろう。六郷全部が浄峰様を待っておったのじゃ」
来縄の調整役田村信衛がそう言って取りまとめた。
浄峰は、
「ここでもう一度、お身内を亡くされた方のために供養を致します」
そう言ってまた経を唱えた。浄峰が立ち去るまで人衆は頭を下げ見送った。