青の彷徨 前編 1
夕方になっても、残暑は残っていた。太陽が沈みこもうとしていた.
市内の中心部から少し外れ、住宅地と田畑とが点在する万丈川の堤防近くに、堤防に沿うように、四階建ての社宅が立っている。社宅の、通路に並んだ一階の隣同士の玄関は開け放たれたままで、片方から、小林真致子が出てきて、隣に住む野々下良枝に声をかけた。 「良枝さん。ちょっとお買物に行きたいの。いいかしら?」
「いいわよ。いま眠っているの」
「ミルクあげたばかりです。ミルクを飲みながら、眠ったんです。二時間は寝ると思いますから、多分何もないと思います」
「いいわ。もし起きたらみとくから」
いつもの、日常の行事であった。生後一ト月余の子を抱え、買物に出かけるのは簡単ではない。同じ子供を持つ主婦として、会社の同僚の妻同士という関係もあって、普段から助けていた。玄関越しに、ベランダ越しに、泣き声がすればすぐわかるし、自分の負担になることもなかった。ただ、その日は、いつもの日常の行事では終らなかった。小林真致子は戻ってこなかった。
夜七時から会議があった。
最後の訪問先の森山医院を出ると、蒼井周吾は営業用軽社用車で西に向かった。
沈む太陽を真正面にし、眩しさに耐えていたので、日輪が山の向うに落ち運転が楽になった。西の空は紅色に輝き、山は黒く闇となって横たわっていた。
森山医院を出て、田んぼの中に点々と立った家々を両脇に見ながら百メートル進み、海坂線の二車線道路に出る。山裾を沿う海坂線を左に進み、さらに三百メートルほど左に、大きく直角に曲がりながら行くと、日豊本線の鶴路踏切に出る。
海坂線に出たところで、車のラジオは午後六時を知らせた。前に車が閊えてくると、いよいよ進まなくなり、後ろも車がつながった。やがて完全に止まった。そのうちに動くだろう、と周吾は思った。
それより、今朝誰かれとなく話しに出ていた件が気になっていた。
「京町薬品は、宮崎の宮崎京町薬品、熊本の京坂薬品、鹿児島の鹿児島薬品と合併するらしい」
という噂だ。宮崎京町薬品は、京町薬品とトップが実の兄弟だし、実質ほとんど、同一経営だった。周吾も宮崎京町薬品に入社し、延岡支店勤務を経て、万丈支店に転勤してきた。他の二社とは、今までも繋がりがあるとしても、人事面や仕入れ先のメーカーの問題とか、混乱が起きる可能性はあった。噂が現実になってきた。卸を取巻く環境が年々厳しくなっている。
踏切までまだ二百メートル以上はゆうにある。警報機の音が聞こえてくる。普段この道で、電車の通行待ちで、これだけ車が渋滞することはない。
車のラジオは夕方六時のニュースで、天皇陛下が昨夜吐血し重体になっている情報を放送していた。
周吾は雲の上の人を思い浮かべていた。もう何度か会ったことがある。同僚の得意先の院長婦人だった。周吾には雲の上の人だった。
警報機音は、鳴り続いていた。
車は進まない。
前方の車から運転手側のドアが開き、人が何人か降り立っている。道の左側には、家や店が林立し、周吾の場所からは先の様子は全くわからない。後方の車が一台反転して進み、何台かそれに続いた。
時計は六時十五分を表示していた。
鶴路踏切を越して、鶴望新道を左に三キロメートルも行けば会社に着くが、この道が渋滞する。この道を抜けるのに十五分は見なければいけない。事務整理の時間を考えると、五分後には踏切を通過したい。前方で車から降りた運転手たちが、車に戻ってこないのを考えると、まだ開通まで時間がかかるのは間違いなかった。
周吾は反転し迂回することにした。海坂線を反対に進み、万丈豊志高校前の狭い農道を行く。軽車両なら十分通れる道だ。曲折しながら白潟八幡神社に通じる白潟踏切に出た。線路右手のかなり先に、先頭か後方か、列車の車両があるはずだが、薄暗くなっているのと、遠いために、何が起きているのかわからない。遮断機の出す赤い光が、規則正しく点滅して、暗くなりかけた空に飛んでいた。
白潟八幡神社の前を通り、県営住宅の前で遊ぶ小さい子供たちに注意しながら、旧鶴岡道路に出て左に進む。
空は、眩しいほどの晴天だったのが、一挙に暮れ、雲があつくなってきた。
帰社後の事務整理を最小限に切上げて、会議には間に合った。小言の多い五味支店長に何も言われずにすむ。営業八名の内、帰社していないのは一人のようだった。
今夜の会議は、新製品の進捗会議で、決起大会と社内で呼ばれる宴会付きのものである。
会社で販売先名、販売軒数の進捗管理をして、そのあとは、新町と呼ばれる飲食街に繰出して宴会をするのである。メーカーが卸を飲食接待して、自社品の販売目標を達成させるようにするのが目的である。通常の決起大会は、メーカー側担当者一名ないし二名に、卸側支店の営業関係者、つまり支店長、担当課長、営業員が参加する。メーカー側は、販売する商品の力の入れようによって、大分営業所の所長や、時に福岡支店の幹部が参加することもある。
今日会議の大日製薬は、周吾の勤務する京町薬品にとって、売上高上位三社にはいる重要な取引先であり、最優先して販売する、基幹メーカー三社の内の一社として位置づけられている。京町薬品の営業員にとっては、他卸に負けられないメーカーであった。特に周吾の勤務する万丈支店は、全国的にも珍しいくらい京町薬品の販売シェアが高かった。
メーカーにとっては待ちに待った新製品で、今後の売上高に大きく影響するといわれ、徹底した販促が行われていた。
京町薬品では社内の講師による製品の学術勉強会が何度も行われ、類似他製剤との差別化、優位性など、徹底した教育も行われてきた。それに、京町薬品では新製品の販促を、お祭りのように行う習慣があった。
営業員に対する予約受注の実績は厳しく管理され、毎日帰社するや、受注先の報告、今後の見通しなど、逐一状況を報告した。発売日前には、メーカーと共同して新製品の実績を上げようと、決起大会という宴会を開くのである。
患者さんの、健康に関する「不」を取除くために、よりよい医薬品を正しく早く届けることで社会に貢献する。というのが京町薬品の社是である。新製品なら全てよりよいもの、とも思えない場合もあるが、会社は販社であるから、競争に常に勝ち抜かねばならない。営業は最前線にあって、常に会社の代表者である。担当得意先を繁栄させ、市場を伸長させ、会社を成長させる責任がある。そのために決められた目標を達成することは当然のことであって、未達成などあってはならない。
「明るく、正しく、たくましく」と社内教育で徹底されてきた。営業員の個人目標は通期の販売額、回収額の目標である。そのために、半期毎、月毎の販売、回収の目標額が設定されている。新製品の発売時には、短期集中の目標が割振られてくるのである。
医薬品卸の営業は、ほとんどがルートセールスである。周吾には、担当全得意先十五軒、完全院外処方の診療所と、受皿の調剤薬局をまとめて一軒として、実質十二軒の販売対象先ある。そのうち八軒に、今回の新製品を発売時即、販売する目標が決められていた。新製品といっても医薬品である。対象となる疾患の患者さんがいて、初めて必要となるもので、むやみやたらに使えるわけではない。医師の処方があってこそ完全な商品となるのである。発売になったから、といって、慌てて販売しなくてもよさそうなのに、この業界の、この地方独特のものか。他社に負けられない。先んずれば市場を制す。モラルよりモットーであった。
周吾は要領のいい営業をやっている。会社の指示を一々まじめにこなしていたら得意先は営業員に会わなくなる。毎日販売しなければならない細かい目標があるから、毎回面会する度に、今日はこの医薬品を是非買ってください、また今日はこの医薬品をお願いします、など、やれるわけがない。京町薬品の蒼井は毎日何か売り込んできてうるさい奴だから、明日から会わない、となる可能性がある。最悪、京町薬品とは取引をやめる。と、なりかねない。周吾は必要な情報提供は行うが、市場優位性に乏しいと思う商品は積極的に薦めないことにしていた。しかし今回は必死だった。それほどに重要な販促であった。
周吾の要領の良さはこの種の選別の早さと正しさにある。営業成績も決して悪くはないが、常にトップで目立つということもない。手堅い実績の計算は出来るが、上積みの無理を頼めない部類にはいる。人間関係も悪くはないが、社内に誰か、仕事を抜きにした親友がいるわけでもない。
今回は不足で終れないことはわかっていた。普段は、「どうしても購入してください」、と頼み込むことがないので、最後には無理が利くのかも知れない。頭を下げ土下座をする営業をしたくない周吾は、誰より早く動き、徹底した学術説明を尽くした。外堀内堀と攻め、その新製品を使わざるを得ないようにする営業に徹してきた。
昨夜の段階では、発売日三ヶ日前にして、万丈支店の目標達成度は、五十軒に対してまだ三十軒ほどだった。
「発売になったら商品を持ってくるので、使用して下さい」
という約束を得意先に確認する。ほとんどが口頭の約束ですむ。まだ完全に予約が取れていなくても、あまりに追求が厳しくなると、発売日までには何とか頼み込もう、と実績報告する輩もいる。当面の追及を逃れるために、である。営業課長から、あの先生は大丈夫だろう、もう実績を上げておいてくれ、と指示されることもある。営業課長も、他の課の進捗をみて、全社の中で極端に遅れないよう、部下に協力させ、その尻を叩くのだ。
京町薬品の中でもシェアの高い支店が、目標に大幅未達成となると、支店長の心中も穏やかではない。支店長は毎日朝夕、二人の営業課長と顔をつき合わせ進捗状況を検討している。
周吾は、今日、山根医院で予約受注が取れたので、自分の目標は達成した。
周吾は安堵した。
おおきな重圧から開放されて、何より安心して帰社できる嬉しさを感じていた。明日は森山医院の分が追加されるはずだから一軒の過達となる。
森山医師にはもう随分前に、予約受注のお願いはしてあるが正式ではない。間違いなく受注できる確信はあった。昨日の段階では一軒の未達でも、支店のなかでも、全社のなかでも、最上位の進捗だった。
はやばやと目標を達成してしまうと、同僚へ、支店長からの追求が厳しくなるのが見えている。万丈支店営業一課の進捗も、全社の中でも上位の方で、そう喧しく追求されるはずもなかった。
今日はまず達成でいい。何よりあの支店長を、これ以上威張らせることも、喜ばせることもないからである。
森山医院が開業した日、初めて五味支店長と一緒に訪問した時、狭い待合室は患者さんがいっぱいで、椅子に座る余裕もなかった。周吾は同行した五味支店長に、
「時間を下げて出直すようにしましょうか」
と交渉した。ところが、
「俺がわざわざ出て来たんじゃ、なし、出直すんか。蒼井、ちぃっと挨拶すりゃいい。頼んでみろ」
そう言うや、スーツのポケットから外国製の煙草を出し、高級そうなライターでいきなり火を点ける。煙をあたりかまわず吐き出す。座る場所もなく立ったままで、患者さんも、座る場所がなく右往左往していた。
「ここは、灰皿はねえんか」
ここはスナックじゃないぞ、周吾はそう思いながらも、苛つきを隠せず、
「外の玄関脇にあります。患者さんも、座れないくらい待っています。込み合っているところで煙草は止めてください」
と言った。時間が来るまで外で煙草でも吸うがいい。その方が患者さんにもいいと思った。このやり取りを診察室の中で聞いたのか、森山先生が待合室へ出て来てくれた。
「蒼井さん、どうしたの、こんな時間に」
「先生すみません。支店長が、開業のお祝いを、と挨拶に伺いました」
「どこにいるの」
「外で煙草を吸っています」
森山先生はそのまま外に行った。
周吾が追いかけて行く。
挨拶が交わされている。
「このたびは、ご開業おめでとうございます。また弊社とも、お取引を賜りまことにありがとうございます。弊社は、学術情報、経営情報とも、社内に専門部署を組織して、的確に迅速に提供させていただくよう努めて参ります。なにとぞお引き立ていただきますよう、お願い致します」
五味支店長のかしこまった標準語に、つい緊張を覚える。この化け具合が、その外見と相まって、狸と呼ばれる所以であった。最後に森山先生が、
「京町薬品さんには開業に当たって大変お世話になりました。うちみたいな小さいところは、支店長さんみたいな偉い人がわざわざ来られなくても、担当者だけで十分ですから」
五味支店長の煙草はまだ、半分も燃えていない。消すこともしない。背中の辺りから白煙が上がっている。森山先生が、五味支店長に背を向けるや否や、丸い黒い顔の大きい鼻の穴から、白い煙が二筋漏れてきた。
周吾は玄関を入ろうとする森山先生に、
「お忙しい時にお邪魔して申し訳ありません」
と深く頭を下げた。
「いいよ。気にしないで」
「すみません。ありがとうございます。夕方またお伺いしますので」
「大変だね。待っているから」
気楽な五味支店長はまだ煙草をふかしている。それにしても、
「大変だね」
と、言ってくれた森山先生は、周吾の哀れな上司の人間性をたちどころに理解し、困った部下を忙しい最中かばってくれたのだ。
森山医院は前の道が狭く駐車場も広くないので、五味支店長は自分の黒のクラウンに乗れず、周吾の営業用軽社用車の助手席に乗ってきたのであった。背は高くないが、胸も腹も尻も、日焼けした顔も大きく目は小さい。髪の毛はほとんどないが、残った髪を黒く染め、べっとりとバーコード状の七三に分けている。高級ダークスーツに白いワイシャツはオーダー物で、襟にyasutomoと名前がさりげなく入っている。金ぴかのネクタイに、シルバーの金具に翡翠のついたタイピンをつけ、お揃いのカウスボタンがつけられている。この狸が、黒いサングラスをかけ、黒塗りのクラウンをスピード上げて乗り回す。病院の正面玄関に、患者さんお構いなしに乗りつけるのだから。これが卸の支店長か、と思われても仕方ない。
森山先生は訪問回数の多いメーカーの製品をよく使う。周吾は、基幹メーカーである大日製薬の商品を、より多く使用してもらうために、何度も森山医院に今村裕史を同行させ、診療が終ったあと居間にまわって、お茶を頂いたり、ご飯まで頂いたりして、今村裕史を森山先生や奥様にも懇意にしてもらうようにしていた。当然森山先生のメガネに適うと思っていたからで、この作戦は成功した。さらにおまけがついた。奥様が今村裕史を気に入った。彼が大学を卒業したばかりの新人で、卒業した東京の大学が、奥様の姪と同じで同学年であったからだ。姪は東京の会社に就職していて、今村裕史と知合いでもないが、東京のことなどで話は弾んだのだ。今村裕史は今度いつ来るのか、奥様から尋ねられることもあった。
大学を卒業し、長い研修を終えて初めて仕事する今村裕史を、森山先生が暖かい目で支えているように感じていた。今回の新製品を受注するのも、頭を下げてお願いすれば、間違いなく受注できる確信はあった。しかし、森山先生は、今村裕史からしっかり商品説明を受けて、彼から積極的に使用を勧められ、購入を頼まれたいのではないか。自分が側面から支えてきた今村裕史が、メーカーの営業員として、ひとり立ちした成果を見たいのではないか。
森山先生は、まじめで奢らず素朴で、清潔な人間を好む。メーカー営業員の中には、高級なスーツを着て、高級スポーツカーで訪問してくる人もいる。外資系メーカーに時々見られる。こういう人は好みではない。必要な情報提供は受けるが、それ以上の深い関係には決してならない。森山先生自身、田んぼの中の、新興住宅地にある、決して大きくない普通の家を改築し、診療所にしている。診察室も狭いため、医師用の椅子は移動可能な丸椅子で、患者用の椅子がはるかに立派だった。往診に使う自家用車もホンダの軽だ。看護婦さんのほうが大きい車に乗っている。ブランド品だとか、高級料亭だとか好みではない。子供時分は六人兄弟の一番下で、男は自分一人。物覚えがついた頃に父親は戦死していて、母は六人の子供を抱えて苦労した。森山先生の趣味はカラオケである。太くて低い伸びる声で、何でも歌う。飲むのも好きだが、飲みすぎはしない。楽しい酒だ。酒が入ればカラオケ。酒がなくてもカラオケ。あとは絵を描いているようだ。本人は趣味じゃない、といいながらも、時々暇を見つけて描いている。穏やかな風景の水彩画だ。周吾は仕事を離れても、付合いたい先生だと思っている。
森山先生は一年前まで万丈北山病院に勤めていたが、治療方針の相違から定年一年前で退職し、自宅を改築して突然開業した。周吾は万丈北山病院も担当していたので、森山先生が開業する前から、接触することが出来ていた。ライバル卸よりその分優位に動けたのが、今の信用をうることにつながったと思っている。森山先生が開業することを、最初に教えてくれたのは中根先生である。中根先生と森山先生は万丈白鶴高校の同級生で、ともに放射線科を専門とする友人であった。中根先生の従兄弟が、周吾の友人で同じ万丈白鶴高校の同級生だった。学業の出来は違うものの、周吾は両先生の高校の後輩でもあった。
卸の医薬営業担当者にとって、重要な得意先は毎日訪問する。万丈支店のように異常なほどシェアの高いところでは、一日に何度も訪問するところもある。
自社の有力なメーカーには、自分の重要な得意先と良好な関係を築いてもらわなければならない。そのために担当医師の趣味やら家族構成やら交友関係など、必要な情報はメーカー営業員に伝える。彼らが気持ちよく訪問して処方の増大を図ってもらうためである。
周吾の会社では、今村裕史は基幹メーカーの営業員である。周吾の担当得意先の中でも成長が見込まれる森山医院に、深くかかわってもらうことは重要なことであった。そのために卸の営業は得意先とメーカーとの間をうまく取り次ぐ必要があった。市場性の大きい新製品の納入を契機に、もっと頻繁に訪問してくれるよう期待するのである。
明日は今村裕史に口火を切ってもらって、森山先生から正式に受注しなければならない。
万丈支店の会議は緊張した雰囲気の中で、一人の遅刻者をそのままにして定刻にはじめられた。
会議には大日製薬側から、福岡支店長、福岡支店営業部長、大分営業所所長、開業医担当営業員今村裕史、病院担当営業員北島潤一と総揃いの上、京町薬品も本社から社長、営業部長、営業推進部長、それに何故か人事部長まで出席していた。
メーカー側が、福岡支店のトップ二名とも卸の支店まで出向くことが異常なら、京町薬品も本社から営業関係役員幹部、おまけに人事部長、何といっても社長まで出てきたのだから、とんでもない事態になっていたのだ。単なる進捗会議ではなくなっていた。
一人の遅刻者は、また塩見か、と周吾は思った。
塩見太郎は周吾と同年であるが、入社は一年早い。周吾が大学を卒業した後、回り道をして途中入社したからである。塩見太郎は、背丈が高く筋骨逞しい、短髪で一見強面の外見だが、日焼けした丸顔の中に、太いさがり眉毛の下に大きな目が二つパッチリとあって、高くない鼻が、いつも笑顔なので余計に低く広がって、丸く見えるのだ。おまけに耳が大きい。いつも何かいいことがあったような顔をしているので、煙草を吸わない白い歯が光って見える。人から嫌われる人間には見えないし、誰からも好感を持たれているのは確かだ。しかし、これがよく叱られる。社内で叱られるといえば、塩見太郎しかいない。
そして夜の会議にはほとんど遅れる。
先週夜の会議も、二十分遅れて帰ってきた。会議は三十分しかないので、ほぼ欠席といってもいい。
なぜ遅れるか。理由が面白い。塩見は市内から遠い沿岸部を担当している。担当軒数は多くないが、移動距離はある。リアス式海岸の曲がりくねった道を行くと、今通ってきた湾の向う岸にマリン病院の美人薬剤師さんが手を振っている。自分に何か用があるのではないか。そう思った人のいい塩見太郎は、また湾を回って戻り、道脇に車を止め。防波堤を超えて、薬剤師さんの立っている岸まで歩いていった。薬剤師さんは手を振っていたのではなかった。子供が釣りをして、糸が根がかりし釣竿も糸もそのままに帰って来たから、せめて竿だけでも持って帰ろうと、仕事を終えて子供と一緒に来て、何とか糸も取れないか、竿を上げたり下げたりしていた。それを、何故か塩見が勇んで来たのでびっくりしたらしい。結局塩見が代わって竿を取り、上げたり下げたり伸ばしたり、何度かやっているうちに、どういうわけかたまたま針先まで無事に回収できた。背の高さか、腕の長さか、顔の怖さか、とにかく針は外れてくれたらしい。
「おじさん、ありがとう」
まだ幼稚園生くらいの男の子にお礼をしっかり言われた。
俺、もうおじさんか。
「おじさんにありがとう、よくいえたね」
と三十過ぎたばかりの、東雲マリン病院の美人薬剤師御手洗さんも、塩見をしっかりおじさんと見た。
二八歳の塩見は、その日、五重のショックを受けた。担当取引先の中でも、一番大きい得意先の、発注者でもある美人薬剤師御手洗さんには、追加の注文も何の用事もなかったこと。次に自分がおじさんであると知らされたこと。三番目は、御手洗さんが結婚していたこと。四番目は、その御手洗さんに子供までいたこと。そして最後の五番目は、後日、五味支店長から、会議に遅れたことを、会議の終った後、会議の時間より長い時間をかけて、たっぷり叱られたこと、である。
塩見の奴、こんな雰囲気の中、のこのこ頭を下げて入ってくるか。そう思うと、人の事とはいえ、周吾には、塩見太郎がかわいそうに思えてくる。
京町薬品の社長、京町健太郎が最初に挨拶をした。彼は周吾と同年齢の若い経営者である。大学を卒業後、関西の同業卸に武者修行のために三年勤めたあと、京町薬品に入社し昨年度より、親の後継として社長になった。非常に話上手で、長い話も長く感じさせない、人気の社長である。眠くなるほど長い話をする実父増吉会長と、同じ親子に思えない、簡潔で楽しい話をする、健太郎社長に代わった時は、社員一同大きな拍手で感激したほどだった。大日製薬福岡支店長も簡単な挨拶をして、いよいよ実績報告が始まる。
支店には営業課が二つあって、営業課長二名に、八名の営業員がいる。営業一課二課とも第一方面から第四方面まで担当分けされ、蒼井周吾は営業一課第一方面担当であった。
報告は最初に周吾からである。周吾は目標の軒数および実績得意先を逐一報告。今日、山根医院で受注し、目標を達成したことを報告した。そして発売日までにはあと一軒上積みする予定である決意を述べた。お決まりの報告である。以下順次報告。一課は、第二方面の、支店内で最もベテランの野々下光があと二軒、第三方面の橋田祐太郎は目標達成、第四方面の大野達也はあと一軒、課としては3軒の残であるが、明日には完全達成が見込まれ、極めて好調であった。最後に一課担当の矢田昭治課長が、少しでも上積みすると、余裕の発表をした。続いて二課である。二課第一方面伊東清弘はあと残一軒だが、明日には達成できる、といった。第二方面小林政男は目標六軒に対して実績二軒、明日二軒必達して、発売日までには達成したい、と報告した。しばらく重苦しい沈黙があって、
「次は誰か」
と、胡麻塩頭に太い眉をして、大きい目を大きく開け、あたりを眺め渡した、銅像の西郷隆盛にそっくりの藤村営業部長が言った。
二課第三方面は、塩見太郎だ。
「塩見はまだか」
と五味支店長が言った時に、丁度頭をかきながら潮見太郎が入って来た。
「塩見実績報告しよ」
五味支店長がまだ席にも着かない塩見太郎に命じる。
塩見太郎は、目標六軒に対して実績五軒、あと一軒は明日にも受注できる、と報告した。
「今日ちょっと時間がなくて、名護屋診療所の先生が、往診から帰ってくるのを待てなくて、明日には絶対大丈夫です」
「塩見。お前は担当先が多すぎるから、会議にも遅れてくるのだよな」
塩見太郎の担当地区は、得意先を増やしようもなく、減らしようもない。市内からは遠い沿岸部に点在していた。それを知っている、宮内推進部長がにこにこしながら冷やかす。
「塩見お前だけだぞ、目標に達成しちょらんのは」
と本社の藤原人事部長までが口を挟み、どこからともなく笑い声が漏れた。
「え、本当ですか」
また笑い声が漏れた。
疑わない性格がみんなに受けるのだ。
第四方面は黒田浩太であるが、彼は実績報告をしない。彼の担当は一軒だけで、他のどの営業員より販売金額が大きい病院を担当していたからである。出勤はまず病院である。院長は一時間かけて大分から通ってくる。毎朝、院長が到着する前に病院に行ってお迎えをする。到着次第、院長室へ一緒に入り、院長が診療を始める前まで、何をするのか、雑談をしたり雑用をしたり、秘書のようにしばらくいるのである。院長が診療を始めると、黒田は会社に出勤してくる。社内で連絡など受け、事務仕事をこなすと、また病院に行く。薬局とか、事務室とか、営業員が顔を出すところはある。午後、院長が診療を始めると、また一度会社に戻ってくる。事務整理などして、また病院へ行く。夕方、院長が帰るために車に乗り込むのを見送るまで、ほとんど病院に詰める。全国数多い卸の営業員でも、京町薬品万丈支店黒田浩太のような事例はまずないと思う。黒田浩太の担当する東海病院は競合他卸がないのだ。
それに、メーカーは大病院の実績はメーカー自身で管理することが多く、卸に進捗管理させない。だから黒田浩太は今回も、目標管理がされない。
「安田課長、二課の残は六軒。一課は目標が多い割にはあと三軒。大丈夫だろうな。」
宮内推進部長が二課の安田真弥課長に念を入れる。
「はい明日第二方面を支援して絶対達成させます」
ブランド品好みでゴルフ好き、五味支店長と趣味があう、小柄な安田課長が立ちあがって約束した。
「小林係長、今回の新製品がどんだけ大事か、わかっちょるな。ベテランじゃあき、心配はしちょらんが、頼むで」
本社の西郷さん、藤村営業部長が名指しで言った。
「はい、絶対達成します」
そう言うしかないのだ。支店内で野々下光に次ぐベテラン係長小林政男は、座ったまま胸を張っていった。中背で胸が厚い。肩が張って腕は太く、小太りで足は短い。大きな頭は胴体にそのままのっている。色黒で眼は細く、いつも笑顔で気さくだが、もてるタイプには分類されない男だ。三十四歳になってやっと結婚し、つい三ヶ月前に、真実(まみ)という娘が生まれたばかりだった。
タクシー六台と社長車に分譲して歓楽街新町に繰出し、宴会が始まったのは午後八時だった。
タクシーの中で、鶴路踏切の事故は人身事故だと運転手が教えてくれた。