新六郷物語 第七章 十一
年が変わり青い澄んだ空に秋茜が飛ぶ頃になった。水田の穂がまだ青々と伸びていた。
盆の一連の行事を消化した浄峰が、帰郷して以来一年、初めて離れの縁側に座って寛いでいた。それに気づいた佐和がお茶と菓子を持って行った。
「浄峰様、時にお休みになることも大事なことですよね」
佐和はそういいながら、お茶と菓子をすすめた。浄峰はそれに気づいて、
「いや、申し訳ない。客人でもないのに、お手を煩わせてしまった。気づかないことでした」
「浄峰様、遠慮なさらないで下さい。お茶をお持ちしたぐらいで。それに何かお考えだったのですか。お邪魔しましたら申し訳ありません」
「佐和様、そんなことはありません。実は、いま黒木信助殿が毎日出向いて働いてくれている、お寺の名前のことじゃ。それを考えておった」
「まあ、お決めになりましたのですか」
「ああ、決めた。これしか無い名前があった」
「ああ、どうしましょう。教えてもらいたいし、みんなより先に聞くのは悪い気もするし、どうしましょう」
「佐和様、内緒じゃ。夕餉の時に皆に話をするが、それまで黙っておればよかろう。いずれ知れることじゃ。たいした問題でもない」
「じゃ、教えて下さい」
「浄周山純和寺じゃ、浄は浄平の浄、周はまわる。きよめまわるところの、純粋の純じゃ、純の純じゃ、和じゃ、佐和様の和じゃ、純みきって和して行く寺じゃ。これしかあるまい」
「浄周山純和寺、きれいなあたらしいいい名前です。ありがとうございます。うれしゅうございます」
佐和は、涙を零して喜んだ。
夕餉の後、浄峰は紙を広げて新しい寺の名前を見せた。
「浄周山純和寺」
黒木信助は、その名前を見て
「良い名前です。きよめわるところの、純みきって和して行く寺。いい名前です。これは、この家でもそうですが、この地も六郷も、日本中こうありたいと思います。浄峰様これを板に書いては頂けませんか。明日現場に掲げ、労力の喜捨を頂く方に見せたと思います。いい励みになり、働く手にも力が入ります」