「正欲」を観て。
最近公開された「正欲」という映画を観た。ネタバレになってしまうかもしれないのでまだご覧になっていない方は、ぜひ一度ご覧になってからこの文章に戻って下さると嬉しい。
(ここからネタバレを含む感想を書くのでご注意ください。)
この映画を観ている間、ずっとずっと胸が苦しかった。
誰かに理解されたい。自分を認めたい。「普通」でありたい。
そんな心の怒号が聞こえてくるような気がした。
主人公の一人が言っていた。
この世界の情報は明日を生きたい人のためのものだと。明日死んでも構わない人のためのものは無い、と。
この映画ではみんな苦しんでいた。
明日、死んでも構わない。そんな気持ちの裏に
誰かに理解されたい。自由に生きたい。
そんな強い、強い気持ちがあるように感じた。
これ以上、苦しまないように
これ以上、辛い日々を送らずに済むように
必死で繋がりあって、助け合って、そばにいて
生きている。
その想いを、願いを、生きる術を、
「ありえない」と片付ける権利なんて
きっと誰も持っていない。
私自身の全てを理解してくれている人なんて、この世界にはきっといない。
それでも誰かは分かってくれるのではないか、そんな淡い期待を抱いて私はこの世界を生きている。
幸せな日々だけど
自分の心の小さな、でも大きな声を聞かないようにしながら
生きている。
この声は聞こえない
なんでもない
なんてことない
大したことじゃない
「私の声じゃない」
そうやって誤魔化しながら、「普通」なふりをして生きている。
「平気」なふりをして生きている。
私のこの声はいつ聞いてあげられるんだろう。
私の声は何を伝えようとしているんだろう。
自分の声を聞こうか、そう思える映画だった。
静かで 激しくて 苦しくて 綺麗な
そんな映画だと思った。