「映え」と「スピ」まみれ……再開発問題に揺れる神宮外苑で坂本龍一と村上春樹を思い浮かべた夜【鈴木ユーリ「ニュートーキョー百景」】#4
ナイトヨガに行った。
予約して、ナイトプールのノリで行った。「映え」と「スピ」。やつらが好きな両巨頭を叩き斬ろうと、フライングタイガーで買ったヨガマットを佐々木小次郎のように斜めがけに、両耳からは『決戦は金曜日』をフルボリュームで特攻(ブッコ)んで行ったら、ややちがった。
緑の人工芝一面に、ヨガマットがカラフルに敷かれている。ねーえ、こっち! 目の前では3人組の映え勢が腕をのばしセルフィを撮っている。ほかの参加者は2、3枚、パノラマを撮るだけで、ピンクい声を聞き流しながら落ちついた様子で入念にストレッチなどしてる。男はおもに20~30代、中年は腹の出た白人が多い。
「まずは大きく呼吸しましょう」
インストラクターの声が、スピーカーからやさしげに語りかけてくる。クラシックの胡弓アレンジみたいな曲がBGMにゆるく流れだす。
「ここは風の通りがいいんです。今夜は月も綺麗ですね。ここはもうじき取り壊されてしまうけれども、胸いっぱいに風を感じましょう」
弓はり月が北西の方角に低くうかんでいた。あのあたりにやがて伊藤忠と三井不動産のビルが建つ。高さは190mにおよぶという。
明治神宮外苑が再開発問題でゆれている。
神宮球場と秩父宮ラグビー場を時期をずらして入替で建てかえ、ふたつの高層ビルを新築する計画。だけでなく、名物のいちょう並木をふくむ樹木伐採を伴うことに対し、反対の声があがっている。呼び水は坂本龍一だった。今年4月、都知事宛に手紙を送った。
〈音楽家の坂本龍一です。
神宮外苑の再開発について私の考えをお伝えしたく筆をとりました。
率直に言って、目の前の経済的利益のために先人が100年をかけて守り育ててきた貴重な神宮の樹々を犠牲にすべきではありません。
これらの樹々はどんな人にも恩恵をもたらしますが、開発によって恩恵を得るのは一握りの富裕層にしか過ぎません。この樹々は一度失ったら二度と取り戻すことができない自然です。〉
他の功績もあるだろうに、それを唯一の遺言のように反対派はお言葉をかかげネットでシュプレヒコールをあげている。7月には「遺志を継いだ」デモもおこなわれた。さらには村上春樹もラジオで「強く反対しています。一度壊したものってね、もう元には戻りませんから」と乗っかった。
何年前だったか、ちかくで村上春樹を見かけたことがある。すれ違ったあと、振り返ったらやっぱりヤクルトのキャップをかぶっていた。絶対本人だ。ただでさえ小説家は歌舞伎役者みたく顔が歩いてる感があるのに、さらにけわしい顔をしていた。10分ほど遅れて神宮帰りのスワローズファンがぞろぞろ連れだってくる。携帯で結果をたしかめたら1−0で黒田が完封していた。MLBマナーに則ってゲームセット前に席を立ったんだろう。キムタクが24時間キムタクであるように、ハルキもプライベートでもハルキなことに感心もしたけど、半分ケッとも思った。
ヤクルトが嫌いだ。
たいがい横浜と最下位争いするくせして、たまに火事場泥棒みたいに優勝しやがる。筒香をアップデートしたような村上も台頭した。いつだって山田は西麻布や恵比寿のラウンジでチャラついてる。嫌いだ。だがヤクルトへの積年のヘイトが本稿の主旨ではない。
「ここには人間的欲望を開放し切ろうとする資本主義にたいする、見えない結界が張られてきた。(略)資本主義によってつくられたただ中に、資本主義を超える空間を生み出そうとした」(『アースダイバー 東京の聖地』)
中沢新一のいうとおり、問題はやはり神宮外苑をめぐる「スピ」と「映え」である。