【写真家・近未来探険家 酒井透のニッポン秘境探訪】山形県の『ムカサリ絵馬』がある観音堂
死後に結ばれる
今から200年以上前に建てられたという観音堂に入ると、むせかえるような空気が漂っていた。その空気は重たく沈殿し、何十年も動いていないように感じられた。観音堂の壁には、結婚式の様子が描かれた絵馬がいくつも掲げられている。それらの絵馬に描かれた男女は、どことなく寂しげな表情をしている。
山形県の山形盆地を中心とする地域にある寺や観音堂には、「ムカサリ絵馬」と呼ばれる絵馬が奉納されている。絵馬に描かれているのは、新郎新婦やその親族の姿だ。
これらの絵馬を奉納しているのは、若くして亡くなった男性もしくは女性の親や親族になる。親は、結婚することなく亡くなった子どもを不憫に思い、結婚適齢期を迎える頃に奉納した。戦争や事故、病気などで亡くなった子どものために、『冥界結婚(死後結婚)』を執り行ってあげているのだ。この際、『結婚』する相手は、架空の人物となる。
絵を描いているのは、その親や親族、もしくは絵心のある友人などになる。場合によっては、「ムカサリ絵馬」を描くことを専門としている絵師に頼む場合もある。それほど数は多くないものの、写真やデッサンを合成したものもある。
「ムカサリ」という言葉は、山形地方の方言で、「結婚(式)」や「花嫁」を意味している。 また、「ムカサリ絵馬」というのは、「結婚(式)や結婚後の状景を描いた絵馬」を指す。「ムカサリ絵馬」を奉納するということは、“死者の追善供養をする”ということになる。
山形県の中でも「ムカサリ絵馬」が最も多く奉納されているのは、村山市や東根市、天童市、山形市、上山市だ。また、現存しているもので最も古いものは、明治の後期に描かれたものになる。小松沢観音を管理している男性に話を聞いた。
「ムカサリ絵馬を奉納しているのは、山形県にお住まいになっている方々です。親御さんが描いたものや絵師に描いてもらったものがありますし、絵心のある人や友だちが描いているものもあります。『あの世で添わせてあげよう』という親の気持ちがこのような形になっているのですね。亡くなった方を供養するのが目的ですので、奉納される際は、お経をあげています。お預かり期間というのは特に設けておりません。一度納めると無期限のお預かりとなります。ここには、150点くらい奉納されていると思います」
小松沢観音に奉納されている絵馬は、その時代の生活様式をストレートに反映している。明治期のものは、正装をして結婚式を執り行っている新郎新婦や新郎新婦とその親族が描かれている。また、近年に描かれたものは、お洒落な格好をした新郎新婦が描かれているものが多い。
幸せそうな表情を浮かべている新郎新婦をカラフルな絵の具で彩った絵馬を見ていると、冥界を少しでも彩ってあげたいという親の気持ちが伝わってきた。