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昭和とは「怪人の時代」だった…華々しく咲き誇ったスターの陰でこぼれ落ちた〝栄光なきカリスマ〟たち

軍人、政治家、芸能スター、犯罪者…昭和の大衆を熱狂させ、ときに恐れさせた“怪人”たち。時代の寵児は突如として現れ、消えた——

怪人こそが主役だった

 三島由紀夫が、市ヶ谷の自衛隊駐屯地に乱入、バルコニーから国を憂う演説をし自衛官らに憲法改正のためクーデターに立ち上がれと呼びかけたが受け容れられず、すぐに割腹して森田必勝に介錯させ自ら命を絶った。あの時、筆者はまだ十代の少年だったが、遠い昔から、ある日突然、時空に穴を開けた怪人物が現れたようで驚かされた。昭和45(1970)年11月25日のことである。
 三島の小説など読んだこともなかったから、太平の世を破る血生ぐさい事件に空恐ろしく、日本が再び戦争と破滅への道を歩むのではないかとさえ夢想した。三島が、唯物功利のアメリカナイズされた現代社会に鋭い刃を突き付け、返す刀で自死を選んだことなど知る由もなかった。
 三島事件の折、母から聞いた。青年将校らが「昭和維新」を目指し決起した「二・二六事件」勃発の折、下町の乾物屋の一店主だった祖父が「やってしまったか!」と、配達された朝刊を眺めながら呟いたという話。それを忘れられなかった。三島は、帝都東京から時空を超え舞い降りた「怪人」だった。
 だが、死後、三島は狂人のように斬り捨てられていく。さながら尊皇攘夷に駆り立てられた幕末の志士がそうだったように。報われることなく、一抹の怪しさだけが遺った。それでも、この国のどこかが違うと、三島は言いたかったのだと、少年にも想像はできた。
 左翼学生に「天皇」と言ってくれたら、共に闘えるとさえ言った三島。小説を書くだけでは飽き足らず、映画や演劇で尊皇攘夷の志士や昭和維新の兵士を演じた。昭和元禄に武士道を体現し、時代の曲がり角で、エキセントリックに肉体を離れた恐ろしくピュアな魂。七度生まれ変わって、国を報ずると言った男。

文字通り命を賭して国を憂いた三島由紀夫(1925-1970)
戦後日本の礎を築いた吉田茂(1878-1967)。
人呼んで「和製チャーチル」

 昭和とは、怪人たちの時代だった。
 そう言うと、首をかしげる向きもあるだろう。戦前昭和なら大正デモクラシーの残り火のような政治家も、大正ロマンの残り香のようなスターもいた。戦後昭和なら、独立日本をデザインした吉田茂や高度成長の号砲を鳴らした池田勇人のような保守政治家もいた。60年安保の体制変革をあと一歩まで追いつめた浅沼稲次郎のような革新政治家もいた。
 エンターテインメントの世界では、石原裕次郎や美空ひばりのように大衆の支持を得て、陽の当たる場所へ一気に飛び出たスターもいた。多くの分野で、高度成長や戦後民主主義を牽引した人物は、まだまだ思い浮かぶ。だが、ちょっと忘れちゃいませんか? という人物たちがいる。栄光の昭和史から、こぼれ落ちた男たち、女たちがいたのも事実である。
 声なき声などと皮肉られることさえあった庶民大衆だが、自分たちの中から生まれては消えて行った怪しげな人物たちにも拍手喝采を送った。むしろ熱烈で熱狂的に。彼や彼女らは、おおむね予想通りに最後のゴールを決められず、表舞台からいつのまにか消えていった。ふらりと現れ、ふらりと消えた。
 時には思い出したように語られるが、いつもは歴史の闇に置き去りにされたままの怪人たち。道なき道を歩んだ、栄光なきカリスマたちである。栄光と無縁のまま、あるいは手にしたものを一瞬にして手放し旅立ってしまう。しかし、彼らこそ本当の意味で昭和という時代の寵児だったのかもしれない。ある時は華々しい出来事の渦中にあり、ある時はおぞましい事件の主役だった。

敗戦から高度成長へ向かう日本で
怪人たちは〝狂おしい夢〟に生きた

 昭和の怪人は、次々とやって来た。
 幼い頃に強い衝撃を受けた「吉展ちゃん誘拐事件」では、紆余曲折の末に犯人小原保が逮捕されるが、吉展ちゃんは帰って来ない。府中刑務所の横から偽白バイ警官となり輸送中の現金を奪った「三億円事件」の犯人は、とうとう捕まることはない。難事件となると登場する平塚八兵衛は、また対照的な怪人だった。子ども心に、悪漢怪人二十面相と探偵明智小五郎の熱戦を連想した。
 戦後も子供たちのアイドルとなる「怪人二十面相」は、江戸川乱歩の小説中の怪人だが、戦前昭和の帝都東京で暗躍し、名探偵明智小五郎に追い詰められるが、いつも逃げていた。
 戦前昭和は、戦後にもまして「怪人」が求められた時代だ。二・二六事件の頃から日中戦争へ、帝都の子供たちの間では、探偵小説もどきの「赤マントの怪人」が跳梁跋扈したという。ルーツは、探偵恐怖映画「ジゴマ」や探偵小説だったか。大正から昭和へ、シベリアへ大陸へと果てしなく進出した戦争。どうしようもなく混迷した政治。関東大震災でガラガラと音を立ててて崩れ去った帝都。農村を襲った冷害と凶作。売られていく娘たち。やるせない怒りとやり場のない恐怖。大人たちも子どもたちも、「怪人」がどこかへ自分たちを連れ去るのを微かに望んでいた。

「戦後最大の誘拐事件」ともいわれる吉展ちゃん事件(1963年)の犯人、小原保
軽井沢に招待したヒトラーユーゲントと手を取りダンスする近衛文麿(1938年)

 荒俣宏の小説「帝都物語」の魔人・加藤保憲のように、陸軍将校の出で立ちで、軍靴の音を響かせて登場した怪人もいた。戦前昭和の子どもたちの憧れは、ダントツで軍人さんだった。国家の先頭を軍人が走っているように錯覚さえしていたろうか。
 政治家なら、誰より国民人気のあったとされる近衛文麿がダントツの「怪人」だろう。「貴公子」「和製ヒトラー」ともいわれ、新聞紙面を飾りマスコミの寵児として絶大なる国民的人気を誇った。時の首相・近衛もまた、戦前昭和最大の「怪人」だったと思われる。明治以来の最後の政界エリートとして、元老西園寺公望に推され登場した近衛は、人気と内実が大きく喰い違った栄光なきカリスマだった。終戦後、罪を問われる前に服毒自殺し東京裁判に裁かれなかった近衛は忘れられがちだが、格好ばかりで内実の伴わない現代の政治家たちに相通じる怪人ぶりと言えそうだ。
 維新の志士たちが去り、富国強兵と脱亜入欧を旗印に坂の上の雲を目指す明治時代。人気漫画「鬼滅の刃」の如く、急激な都市化と農村の疲弊を背景に情け容赦ない生存競争が続く大正時代。関東大震災で崩壊すると、急ぎ足で訪れる昭和。復興から休む間もないまま戦争に突き進む。敗戦を経て再び立ち上がり、高度成長へ向かう日本で、光と影を織りなす怪人たち。狂おしい夢に生きた怪人こそ、昭和の影の主役だったに違いない。

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<著者プロフィール>
鈴木義昭(すずき・よしあき)
1957年、東京都台東区生まれ。76年に「キネマ旬報事件」で竹中労と出会い、以後師事する。 ルポライター、映画史研究家として芸能・人物ルポ、日本映画史研究などで精力的に執筆活動を展開中。 『新東宝秘話 泉田洋志の世界』(青心社)『日活ロマンポルノ異聞 山口清一郎の世界』『昭和桃色映画館』(ともに社会評論社)、『夢を吐く絵師 竹中英太郞』(弦書房)、『風のアナキスト 竹中労』『若松孝二 性と暴力の革命』(ともに現代書館)、『「世界のクロサワ」をプロデュースした男 本木壮次郎』(山川出版社)『仁義なき戦いの“真実" 美能幸三 遺した言葉』(サイゾー)、『乙女たちが愛した抒情画家 蕗谷虹児』(新評論)など著書多数。