【フォト・ドキュメント】パンクムーブメントの軌跡【第9回】
圧倒的にレベルの高い音楽性と独自のセルフプロモーションで日本のニューウェーブシーンを駆け抜けたバンド『EP—4』。時代の脚光を浴びつつも突如消えた謎のバンドとしても知られている。その先取りしすぎた音楽性と活動がいまだ一部のあいだで伝説的に語られているが、その真実を地引雄一氏が語る——
「EP-4」
消えたカリスマバンド
ルーツはディスコ
ファンク、ジャズ、テクノ、ダンスミュージックなどの様々なジャンルを融合させた関西発のニューウェーブバンド『EP—4』はリーダーの佐藤薫を中心に80年に結成された。
「『EP—4』の音楽ルーツはディスコなんだよ。というのも、リーダーの佐藤君は京都で長年ファンクやR&Bなどのブラックミュージックを主体としたディスコのプロデュース業をやっていてさ。よくあるロックを土壌にもつバンドマンではないんだよね」
バンド結成は、佐藤薫が立ち上げたニューウェーブ系ディスコ「クラブ・モダーン」がきっかけである。
「このディスコの立ち上げ前は、週末に“パンクナイト”イベントなどを仕切ってやったりしていたらしいんだけど、あまり客に受け入れられなかったみたい。だから自分も含め、コアなファン層向けに店を作ったんだ。で、その店に集っていた連中で戯れで結成したのが『EP—4』の始まりだったみたい」
結成当時はクラブイベントなどで演奏をしていたというが、『EP—4』の音楽は1歩も2歩も進み過ぎたものだったという。ダンスミュージックだが変拍子が組み込まれていたり、前衛的な曲かと思えば単純なダンスビートだったりと、音楽的衝撃は受けるものの踊るには難しい音楽だった。
「ゲストで坂本龍一がキーボードで入ったり、その後に井上陽水のバックバンドを努める川島バナナ(key)が正式メンバーとして加入してるからね。そりゃレベル高いよ。あと、ロンドンパンクの一番行き着いたところにインダストリアルミュージックがあるんだけど、『EP—4』のサウンドには初期のノイズも入ってるからさ。正直これで踊るって言うのは当時では無理があったと思う(笑)。でもこの当時からクラブシーンとライブハウスシーンの垣根を壊すみたいなことをやっててさ。それが一般化するのは21世紀になってからのことだから、かなり時代を先取っていたよね」
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