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ニュートーキョー百景#1 渋谷公園通り 広末涼子が歌った女子高生の聖地。激変した25年後のいま【鈴木ユーリ】

タンタンタン。ツッタンタタン。
タンタンタン。ツッタンタタン。

渋谷はちょっと苦手
初めての待ち合わせ
人波をかきわけながら すべり込んだ5分前

 広末涼子のデビューシングルで歌われた、その待ち合わせ場所はどこだったんだろう。

 97年の曲だ。センター街とはおもえない。日中とはいえ、そこは高校生にはまだまだこわい時代だった。バンソンやらゴローズやらエアマックスやら、のちのち彼女が友達になった人たちが何かしらを狩っていた。

『MajiでKoiする5秒前』の主人公は、背伸びした精一杯のファッションが「ボーダーのTシャツの 裾からのぞくおへそ」な17歳である。当時から鼻にかかったあざとい声をしている。一見優等生なのに、「どこか少し大胆」な「かに座の女の子」で、相手が来る前から「やっと私に来たチャンス 逃せないの」と内心がっついてる肉食系でもある。作詞は竹内まりあ。慧眼かよ。

デビューシングル『MajiでKoiする5秒前』。この頃は清純だった

 女子高生がデートに着ていけるボーダーのTシャツといえば、アニエスbしかない時代でもあった。

 スーパーラバーズもあった。太めだけど、白黒のボーダーTならミルクだって出してた。こうるさい連中は言うかもしれない。

 だけどこれは原宿の話ではない。渋谷の、しかも初デートの描写なのである。デート相手もおそらく都立高生に設定されている。顔面偏差値もそれなり高い。お得意のポケベルを駆使し、「ライバルに差をつけ」た広末は、ようやくデートにこぎつけた。

 待ち合わせは定番のハチ公前とする。「ふたりで写すプリクラは何よりの宝物」と彼の腕を引っぱりながら、ギャルがたむろすセンター街のプリクラのメッカ前はたくみに回避し、そこらのゲーセンにしけこむ。プリを撮ってから「さりげなく腕をからませ 公園通りを歩く」。

 向かった先はどこだったのか。

 代々木公園はさすがに遠すぎる。タイフェスとか、そういうのはまだ前夜な時代である。90年代初期には公園通りにもチーマーはいた。パルコ前がたまり場だったのは「LAシンドローム」。現在のアップルストア前にはリフトアップしたアメ車を並べていた。武闘派ではなく、西海岸系のカークラブの走りだった。

 でもそれは週末の夜の話だし、時計の針は5年分はすすんでる。付き合う前の高校生カップルが向かう先は、やはりパルコが妥当くさい。

90年代、放課後の渋谷はコギャルだらけだった

 パルコの向かい、スペイン坂をのぼった先には「シネマライズ」があった。『トレインスポッティング』のロングランでブレイクしたミニシアター。調べると『MajiでKoiする5秒前』がリリースされた97年4月には、ラース・フォン・トリアーの『奇跡の海』がかかっていた。上映時間の5万倍は長く感じるたるい映画である。テーマも激重。初デートには向いてなさすぎる。ふたりは物言いたげなエミリー・ワトソンのポスターをスルーし、腕を組んでパルコに入ってゆく。

 当時のパルコってどんなんだっけ。公式のホームページをひらく。「パルコ総合報告書」の1990年代の欄にはこうある。

〈高感度セレクトブックセンター「パルコブックセンター」に併設した「ロゴスギャラリー」では、マニアックで学術的な企画展などを開催。「世界の喜怒哀楽(エンタテインメント)を提供」をコンセプトにジャンル問わず国内外の個性的で良質な作品を上映する「シネクイント」開業(99年)など新しい文化を発掘・発信。〉

 うん。逆にわかりづらい。

『MIMIC』というファッションサイトでは2020年に、「ずっと前からサブカルチャーと共に歩み続けたパルコ」という90年代を回顧した座談会がひらかれていた。

「名物の重い扉を開けるとギャルソンがあってビューティービーストとかの買い物に付き合ってた記憶がある」
「広告で初期のソフィア・コッポラ使ってましたよね?」
「やっぱりパルコは早いよね」

 出たよアパレル仕草。固有名詞を弄ぶだけでいつもなにか語った気になってる。

「小山田くんてさ、どうせパルコのてっぺんに住んでるんでしょ?」

 当時ラジオのゲストに呼んどいて、ピエール瀧は開口一番言った。明快な定義である。言われたほうもツボってた。 

 それから四半世紀がたった。色々あった。渋谷系とアニエスbの神は失脚し、2019年にはパルコも全面改装された。重い1階の扉を開けると、ビューティービーストにかわって今はグッチやロエベが出迎える。まわりにはディオールのコスメや観葉植物を高値で売るテナント。パルコらしさは復活させたWAVEで担保しているらしい。小山田圭吾が君臨してた上層階にはDOMMUNEのスタジオが入っている。中層階には盟友のNIGOがディレクションするKENZOがある。

 オリンピックの後、DOMMUNEではいじめ騒動を総括するイベントをやっていた。NIGOだって一度破産したけどKENZOは今とても調子いいようだ。安易なロゴ商売ではない、カラフルに生まれ変わったブレッピーなジャケットを、外国人観光客だけじゃなくZ世代の若者も手に取っている。新しいコレクションのインスタ動画についている音楽は、クレジットはないものの、心地いいギターのリフがあきらかコーネリアスのものだ。

 リニューアルしたビルは、屋上庭園から螺旋状の回廊が1階までつづく設計になっている。それでも初デート感丸出しのカップルはあまり見当たらない。土地面積的に回廊のむりくり感は否めず、ビルに囲まれているせいで空がせまい。放課後、渋谷をおとずれる高校生は公園通りをのぼらずに、高架をくぐって宮下パークへとすいこまれていく。

 宮下パークだってひと悶着あった。でもでき終わった後にあーだこうだ言うなよな。

 かつてホームレス村があった渋谷川を埋め立ててオープンした1Fの渋谷横丁は、飯も酒もそら発狂するくらい不味い。金髪のバイトの店員の態度だってかつての裏原ぐらいひどい。週末の夜ともなれば、ナンパ目的のチャラい男女がそこかしこで騒いでいる。
 
 でもその治安の悪さがいい。またぞろカルチャーぶったパルコB1のフードフロアよりよっぽどリアルだとおもう。若者が集まる以外、この街の価値がどこにあるというのか。屋上の空中庭園では女子高生たちがきゃっきゃとTikTokを撮っている。

 ミニアターの「シネマライズ」跡はライブハウスの「WWW」へと生まれ変わった。若いミュージシャンやラッパーの聖地になっている。終電も終わった午前1時、こわくなくなったセンター街では、外国人たちがコンビニ前で酒盛りしている。それを横目に若者たちは円山町へと急ぎ、クラブ街に座りこみ、氷結や茶割りを飲みほしては路上に投げ捨ててる。

深夜の円山町にも人が戻った

 ボーダーのTシャツは誰も着てない。女の子たちはふたたびへそを出す時代になった。タンタンタン、ツッタンタタン。

そっと耳もとでささやく “大好きよ”と
恋が始まる予感 あなたも感じるでしょ
MajiでKaiたラブレター 渡すその5秒前

 広末だけがひとり、あいもかわらずまだやってる。それはそれで尊いとおもう。

【著者プロフィール】
鈴木ユーリ
ライター。「実話ナックルズ』にて連載『ゲトーの国からこんにちは』など