資本主義の豚たちのためのイルミネーションランキング 極私的東京イルミ考【鈴木ユーリ「ニュートーキョー百景」】#10
今年もこの季節がやってきた。
1年の中で最高な1週間。冬のさなかに東京中がきらびやかな電飾と流行り歌と買い物客であふれる特別な期間。
コロナ明けの最初のクリスマスは例年以上の人出で、1週間前から原宿駅は大晦日のような混みよう。駅から吐き出されれば、みなが腕を組み、あるいは顔を寄せあい、あるいは恋人を立たせてスマホをかまえてる。ハイブランドのショッパーをぶら下げながら、黄金色のイルミネーションを背景に。
みながとてもしあわせそうだ。
僻みもある。古からのクリスマスディスのクリシェの「日本人は無宗教のくせに、セックスしたいからってクリスマスだけ祝うのは草」とか、バカのひとつおぼえで、ハロウィンやバレンタインにも同じ構文をつかう。ネット民は白痴だからしかたないとして、したり顔で「何でもレジャー化、ビジネス化してしまう日本人の特性」とか言う大学教授までいる。
明らかな誤謬である。
日本で祝われている聖夜の形式を「アメリカ式クリスマス」という。けっして本邦だけのスタイルではない。
1951年のことになる。フランス東部ブルゴーニュ地方の中心都市ディジョンで、サンタクロースの人形が聖堂に吊されたあと、広場で火刑に処せられた。クリスマス・イブに。しかも250人の子供の目の前で。
第二次大戦後、フランスでもサンタクロースが大流行した。その物質的な楽しさに、フランス国民はすっかり虜になってしまっていた。火刑をおこなった教会は、それをアメリカによる世俗的・資本主義的なイベントであり、クリスマスからキリスト教の宗教色を抜き取るものだと、サンタは異端者だと断罪した。プロテスタント国家であるアメリカ式サンタの存在は、カトリックのフランス人にはそれほど許しがたいことだった。ねじれた戦勝国という事実も、僻みを加速させたのかもしれない。
この事件に衝撃を受けたのが、そのころまだ駆けだしの民俗学者だったレヴィ=ストロースだった。翌年に『火あぶりにされたサンタクロース』という鋭い論考を発表した。なぜ大人は子どもにサンタの存在を信じさせようとするのか? 現代のクリスマスは、資本主義化した社会が産みだした消費のファンタジーなのか?
サンタによるプレゼントとは死者と生者の交通をおこなう「贈与慣行」の現代バージョン、という彼の分析のように、資本主義を謳歌するアメリカ式クリスマスは、その後またたくまに世界中にひろまっていった。『聖者が街にやってくる』や『ホワイト・クリスマス』といった米国産のクリスマス・ソングとともに。ご多聞にもれず日本も。バブル期にそれは最高潮に達し、赤坂プリンスは9月1日の予約開始から1時間で全室が埋まり、山下達郎が日本版のアンセムを作った。
ずいぶん前置きが長くなったけど、つまりクリスマスやイルミネーションにあれほど人が惹きつけられるのは、資本主義とゴリゴリに結びついてるからにほかならない。資本主義の豚どもが、唯一敬虔な羊になれる期間。
街がクリスマスを体現するには、単にイルミネーションが豪華、というだけでは物足りない。よって本稿では『王様のブランチ』とかが持ち上げる、マザー牧場とか相模湖とかのしょーもないご当地イルミ・スポットは除外することにする。電球が何億万個あろうと問題じゃないのだ。訪れる人びとに恩寵をあたえるには、イルミのまわりにヴィトンやグッチ、ロウべやらティファニーやらブルガリやら、虚飾にまみれたハイブランド店がならんでなければならない。
むしろ以上の条件を満たすイルミは、都下でも数カ所しかなかったりする。それぞれをランキング形式でお届けする。
4位は六本木けやき坂。
けやき坂はイルミもハイブラ店も十分あり、条件を満たしているはずなのにいっこうに好きになれないのは何故だ。あのケバい雪景色みたいな青白いLEDと、六本木ヒルズという土地柄が、安っぽいバブルみを際立たせるからか? どこか広瀬香美の香味がする。今夜の飲み会、年齢住所、趣味に職業、さりげなくチェックしなきゃ。性格良ければいい? そんなの嘘だと思いませんか? ビッチが。
ゲレンデを溶かす人以外なら、80年代の全盛期ユーミンや90年代の全盛期ドリカムなら、この白いイルミにも対抗できるかもしれない。よって『恋人がサンタクロース』と『Winter song』をご当地ソングとする。
みんなしてレンズを向けてる。パパ活勢や港区勢、外国人観光客は最新のスマホで、機材だけはご立派なアマチュアカメラマンは三脚をかまえて、みんな坂の中腹のヴィトンの前の横断歩道から、なんとか東京タワーを画角内に入れようと必死こいて。
これだから素人は。
東京タワーはでかけりゃいいってもんじゃない。我らイルミガチ勢のなかで六本木ヒルズの激アツ撮影スポットといえは、けやき坂ではなく六本木シアター前。環状3号線にぶつかる手前の横断歩道から、ヒルズへレンズをむければいい。
4年落ちのエクスペリアでも映えるスイートスポットである。
だったはずが、今年強力な対抗馬が現れた。3位の六本木ミッドタウンである。
そばにバーニーズがあるミッドタウン西交差点を曲がれば、緩やかにカーブする坂道にゴールドのイルミが瞬く「光の散歩道」が待ってる。木々にくくりつけられたスピーカーからはクリスマスソングが流れ、なんなら現代アートのオブジェからスモークが上がる演出もある。ベンチでは恋人たちが肩を寄せあってる。
ハイライトは坂下のグリーン・パークだ。COACHが今年、期間限定のスケートリンクを作りやがったのだ。特別仕様のラッピングのような赤いリンクでは、たまにすっころびながら、手をとりあいはしゃぐ恋人たちの彼方に、東京タワーが細く赤く、天へとのびている。
街は様子かえて僕らを包む。スケートリンク君と僕と笑う。爆音でかかりつづけてるよヒット曲。邦楽クリスマスソングで唯一「スケートリンク」を歌詞に入れてるオザケンの『ドアをノックするのは誰だ?』をご当地ソングとする。
最近、宮下公園やら民間企業とタッグを組んだ再開発公園いうと、すぐリベラルの豚どもがブーブー言い出すけど、一度でいいから来てみろよ。隣接する檜町公園の雅びさとあいまってここは格別だ。とくに深夜はエアポケットのようで、六本木とは思えないほどの静けさでむかえてくれる。草彅剛が全裸ででんぐり返しする気持ちも、博多大吉が不倫デートするのも納得できる。
COACHサン、今まで新卒の女の子が初任給で買うダサいバッグのブランド代表と思っててすみませんでした。最高すぎます。来年もよろしくお願いします。
準優勝は、丸の内仲通り。
街路樹に1キロ以上わたりシャンパンゴールドの電飾が連なっている。ちょっと暗めだけどそこもいい。成金ではないカタギの人たち、世帯年収1千万円ぐらいのアッパーミドル向けのイルミネーション。
この季節になると通りは昼間から歩行者天国となり、子供向けにもカップル向けにもさまざまなイベントがひらかれる。さらに通りを抜けた東京駅丸の内中央口、皇居へとつづく広場にはスケートリンクもあるのだ。
ミッドタウンも素晴らしいけど、10メートルのクリスマスツリーや、両サイドにならぶハイブラ店の豊富さ、しかもエルメスとかブルックスブラザーズとか銀座っぽいセレクト、と加点ポイントが多く僅差で2位とした。思い出したけど、もう一曲邦楽でスケートリンクを歌詞に入れてる中西圭三の『Kiss, Merry X'mas』をご当地ソングとする。
で、優勝はもちろん表参道。
むしろ表参道のイルミの素晴らしさを伝えたいから、この稿をしたためてるまである。
おまえに言われなくてもわかってる? おまえらと一緒にすんな。こっちはコロナ禍のノンイルミでも詣でてるのだ。