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【写真家・近未来探険家 酒井透のニッポン秘境探訪】長崎市脇岬町の「脇岬ケンカ祭り」

お祭り男たちが素手で殴り合い

 長崎市脇岬町で8月に行われている「脇岬祇園祭り(通称:脇岬ケンカ祭り)」は、壮絶なケンカバトルが行われていることで、長崎県内では良く知られている祭りだ。

 この祭りの“見所”は、2日目と言うことができよう。脇岬町の裏通りに集まった男たちが、裏通りで壮絶な殴り合いを繰り広げるのだ。アタマをリーゼント風にキメたお兄さんが誰を狙うでもなく飛び蹴りを食らわせたかと思うと、ガタイのいい男性が人の良さそうなお兄さんの顎を打ち抜く。何の前触れもなく殴られてしまったお兄さんは、報復とばかりに相手の眉間に拳をヒットさせる。そうかと思うと、番長風のお兄さんが、ある男性の背後に回り込んで引き倒す。勢いに乗った番長風のお兄さんは、男性の顔面を殴打しまくっている(!!)。裏通りの奥の方では、半被(ハッピ)や帷子(かたびら)を破り捨てられた男同士が激しく殴り合っている…。

 もう現場は修羅場だ。誰も止める者はいない。男たちの目は血走っている…。毎年、ケンカを止める役に回っていた年配の男性も、いつの間にか拳を振り上げている。これは祭りなのか、それともホンモノのケンカなのか?車1台通り抜けることもできない裏通りが交差している四つ角は、プロレスの場外乱闘をはるかに超えた状況と化している。もう男たちに囲まれてボコボコにされてしまった男性の顔面は腫れ上がり、半被は、破れてボロボロになっている。近所に住む女性の間からは、「キャーァ…」という黄色い声があがる。一体、どんなルールがあってこんなことが許されているのだろうか!?

 脇岬町在住で脇岬祇園祭保存会 会長の達(たち)利昭さんに話を聞いた。
「脇岬町で行われているこの祭りは、200年くらい前から続けられています。祭りに出ているのは、脇岬町の人です。ケンカが始まったとき、殴る相手は、同じ脇岬町の人たちですが、”よその集落”の者になります。みんな幼い頃から良く知っているのですが、それぞれ様々な因縁があるんですね。その因縁をぶつけられるのがこの祭りなんです。素手で殴るのがルールです。モノを使ったりしてはいけません。それ以外は何をやってもかまいません。石などを手にして殴るのは禁止されているのですが、ごくまれに頭に血が登って太鼓のバチで殴りかかる者がおりますね(笑)。ケンカが終わった後は、一切遺恨を残しません。このときだけは無礼講なんです。脇岬祇園祭りは、観光客向けの祭りではないんですよ(笑)。その昔は、漁師の祭りでした。血の気の多い若者たちの祭りでした。今でもケンカは本気そのものです」

 2日間に渡って行われる「脇岬祇園祭り」では、初日に八坂神社にある神輿を脇岬神社に納めるための「お下り」が行われる。その翌日に行われるのが、脇岬神社にある神輿を八坂神社に納めるための「お上り」だ。両者とも江戸時代の参勤交代を模した隊列が組まれることから、大名行列さながらの様相を見せる。



 「お下り」や「お上り」が終わると、次に行われるのは、「受け渡し」と呼ばれる儀式だ。ここが祭りの一番重要なシーンで、”祭りの受け持ち”が翌年の当番町(集落)に引き継がれる。”主役”になるのは、「挟箱(はさみばこ)」(重さ約10キロ)というもので、この中には、殿様の着物が収められている。これをその年の当番町から次の年の当番町に渡すことになるのだが、翌年の当番町の男たちがスンナリと受け取るようなことはない。その年の当番町を「困らせてやろう!」などといった意識が働いているので、ワザと「知らぬフリ」をする。それだけではなく、「(所作が)なってない!」などといった態度をとる若者もいることから、その年の当番町側のイライラは募りに募っていく。

 そして、この「受け渡し」の儀式の後に行われるのが、壮絶なケンカバトルということになる。当たり前のことだと思うが、『ヨシ、始め!!』などといったかけ声などはない。無事に「挟箱」が受け渡されると年配衆の手打ちがあって、その直後にイキナリ始まる。気を抜いていたらアウトだ。例年通り昼間から酒を飲んでいる若い衆も多いことから、ケンカバトルは、壮絶なものになる。毎年、ケンカを止める役に回っている年配の男たちの中には、飲んでいる者もいることだろう(!?)。

 長崎県長崎市の脇岬町で行われている「脇岬祇園祭り」は、全国的な知名度はない。脇岬町は、長崎半島の最南端部に位置している集落で、その昔は、漁村として栄えていたところになるが、魚が獲れなくなったことで人口が激減。現在は、2000人あまりが暮らす町となっている。それでも、毎年、この祭りが始まる頃には、東京や大阪などで働いている若者が戻って来る。祭りのための練習も毎日のように行われるので、町内は、異様な空気に包まれていく。

 現在、日本中に「ケンカ祭り」と呼ばれている祭りはいくつもある。しかし、壮絶な殴り合いが行われているのは、おそらくここ脇岬町だけだろう。「脇岬祇園祭り」には、男同士が持つ本物の絆と、漁師村としての伝統が色濃く残されていると言うことができよう。祭の本来の姿がここにある。

(注)コロナ禍によって開催が見送られていた「脇岬祇園祭り」は、今年8月11日(金)、4年ぶりに開催された。例年2日間開催されていが、今年は1日に短縮されている

写真・文◎酒井透(サカイトオル)
 東京都生まれ。写真家・近未来探険家。
 小学校高学年の頃より趣味として始めた鉄道写真をきっかけとして、カメラと写真の世界にのめり込む。大学卒業後は、ザイール(現:コンゴ民主共和国)やパリなどに滞在し、ザイールのポピュラー音楽やサプール(Sapeur)を精力的に取材。帰国後は、写真週刊誌「FOCUS」(新潮社)の専属カメラマンとして5年間活動。1989年に東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(警察庁広域重要指定第117号事件)の犯人である宮崎勤をスクープ写する。
 90年代からは、アフロビートの創始者でありアクティビストでもあったナイジェリアのミュージシャン フェラ・クティ(故人)やエッジの効いた人物、ラブドール、廃墟、奇祭、国内外のB級(珍)スポットなど、他の写真家が取り上げないものをテーマとして追い続けている。現在、プログラミング言語のPythonなどを学習中。今後、AI方面にシフトしていくものと考えられる。
 著書に「中国B級スポットおもしろ大全」(新潮社)「未来世紀軍艦島」(ミリオン出版)、「軍艦島に行く―日本最後の絶景」(笠倉出版社 )などがある。

https://twitter.com/toru_sakai