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傷つきやすく脆く儚い……孤独死した元不良だった友の最期【ライター根本直樹の裏社会漂流記 その9】

これまで私は主に「社会の裏側」を取材し、記事にすることで糊口をしのいできた。その過程で見てきた、さまざまな「闇の景色」を点描してみたいと思う。今回のテーマは「孤独死」だ。前回の記事はこちら↓

 五十の声を聞いた頃から友人知人がびゅんびゅん死んでいく。人生100年時代と言われている昨今、どいつもこいつも早すぎるピリオドだ。2017年以降、懇意にしていた男たち、6人がこの世から消えた。そのうち4人は遺体を拝むこともできなかった。当然葬式もない。

 なぜか。孤独死だったから。親族がいなければ、あるいは親族が遺体の受け取りを拒否すると、彼らは行政によって人知れず死後の処理をされ、無縁仏として葬られる。死亡の噂を聞きつけ、役所に埋葬場所を尋ねても「個人情報だから言えない」の一点張りだ。親の連絡先がわかり、墓の場所を知ることができたのは4人中1人だけである。残りの3人がどこで眠っているのか、私はいまだに知らない。今回はその、墓を知ることができたヒロのことを書きたいと思う。

受刑歴10年のライター

 ヒロは46歳の若さで昇天した。2017年の夏のある日、おれはヒロに「久しぶりに飲もうよ」と電話した。ヒロは「いいですねえ。半年ぶりですかね。明日どうですか」と言い、新小岩駅近くの立ち飲み屋で会うことを約束して電話を切った。

 翌日、店に行くと、ヒロは来ていない。約束の時間から30分経過した。電話してみると繋がるのだが一向に出ない。嫌な予感がした。彼と付き合って15年ほど。それまで1度もドタキャンの類はなかった。遅れるにしても必ず事前に電話を入れてくる男だった。よからぬケミカルをやって、へろへろの時でさえ、律儀に連絡をくれた。

「おかしいな」。私は安くて旨いと評判の立ち飲み屋で、モツ煮込みと冷やしトマトをつまみに、何杯もホッピーをおかわりしながら彼を待った。「あいつ、とうとう、なんかやっちゃった?」。もともといい加減でだらしのない人間なら、連絡もなく数時間遅刻することもあるだろう。しかしヒロは約束だけは守る男だった。何かあったのは間違いない。

「事故ったか、逮捕されたか」。そのとき思ったのはその2択だ。ヒロは20代のすべてを受刑者として過ごし、30代前半で浮世の人となった。彼には文才があり、全国の受刑者が応募する文芸コンクールで佳作となったこともある。出所後、知人の紹介でヒロに会い、私は彼にライター業を勧めた。ヒロは言った。

「文章書いて、カネをもらえるなんて、こんな最高な仕事はないですね」

 ヒロはライターとして順調に歩を進めていった。2000年代前半、主戦場は当時隆盛を極めていた実話誌だった。不良やヤクザ世界、刑務所の話などからスタートし、徐々に日本の右翼思想、右翼団体、さらには北の大地で鹿や熊を狙うハンターの世界に目覚めて、苦心惨憺しながらコツコツと原稿を書き続けていく。そこから2010年頃までがヒロの人生の中で久しぶりに訪れた充実期だったと思う。文章も生き生きと躍動し、周囲の評価も高かった。

 しかし元不良である。担当編集者が気にくわないと、ときに牙を剥き、すべてをぶち壊してしまう。そんなこともあったのは事実だ。繊細と凶暴が同居するようなタイプだったが、根っこの部分は、ひどくやさしく、傷つきやすく、脆く、儚い。それでいて実生活に関しては、とくにカネの面ではけっして人に頼ることはなく、生真面目な経理課長のような潔癖さがあり、不安定なライター暮らしを何とか自力で成り立たせていた。

 キャバクラで大騒ぎするようなタイプではなく、基本的に締まり屋で、質素堅実、まるでコックピットのような狭い部屋で、ひたすら毎日、酒をちびちび飲みながら、パソコンを叩いていたのを覚えている。

「誰の世話にもなりたくない」という思いがとても強い男だった。それが仇となり、生活に窮したり、嫌なことがあると、仕事先で揉めたり、ときに街場でモンスターカスタマーと化し、半ば恐喝めいた行為をして金品を得ることもあったようだ。20代のすべてを受刑者として過ごしたヒロは他人を全面的に信頼することができない。そんな彼にとって、カネがなくなり生活が立ち行かなくなることが最大の恐怖だった。  

 なぜか私はヒロと馬が合い、途中喧嘩別れもあったが、十数年にわたって縁が切れることはなかった。出会った当初、上京したがっていた彼を都内の自宅に呼び寄せ、住まわせた時期もある。その頃は毎日のように文学や映画、社会のあれこれ、もちろん女のことなんかについても、酒を飲みながら語り合ったものだ。

 その後、ライター業で引越し費用を貯めたヒロは一人暮らしをはじめたが、それからも毎月1、2度は会い、一緒に仕事をしたり、酒を飲む関係が、ヒロが死ぬまで続いた。

 結局、立ち飲み屋にヒロは来なかった。その後毎日電話を入れたが出ない。一週間もすると電源が切れたのか、繋がらなくなった。私はヒロが10代の頃から仲良くしていた地元の友人に電話をし、「逮捕されてませんか?」と問い合わせたが、そんな情報は入っていないという。地元の友人たちも心配している様子だった。

 ヒロと新小岩の立ち飲み屋で待ち合わせしてから約1か月後、その地元の友人から一報が入る。

「あいつ、死んでました。死後1か月ぐらい経ってたみたいです。孤独死ですね」

 死因は「心不全」ということ以外、不明。警察によれば事件性はなかったという。季節は夏。腐敗臭を感じた近隣からの通報で発覚した。おそらく屍体はぼろぼろに腐りきっていたはずだ。だから親族はすぐに死後処理をし、代々の墓に埋葬した。私はヒロの実家を訪れ、居間に置かれていた彼の写真と対峙した。端正な顔で爽やかに微笑むヒロ。私は涙が止まらなくなった。

 友人知人がどんどん死んでいく。年上はもちろん、年下もだ。そんな私は生きている。だが明日はわからない。

【著者プロフィール】
根本直樹(ねもと なおき)
1967年前橋市生まれ。函館市立柏野小学校卒。週刊宝石記者を経てフリーに。在日中国人社会の裏側やヤクザ、社会の底辺に生きるアウトサイダーを追い続ける。アル中、怠け者、コドナ(大人子供)、バカ

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