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《漫画原作》 盆栽甲子園! 【第三話】
第三話
「は、は、は、はじめましてぇ!」
畳の上で不器用に三つ指をついたのは、お馴染み、この物語の主人公・古橋友樹菜だ。
「こちらこそ、いつもうちの幹矢がお世話になって。本当にありがとうございます」
やさしげな声で応じたのは、風間幹矢の母親・冬優子。
ここは福島県F市郊外。来年の盆栽甲子園出場を実現させるため、暁山高校盆栽部設立に奔走する幹矢の実家「風間盆栽園」である。
「……友樹菜よ。風間のかあちゃん、すげぇ美人だな」
友樹菜の無二の親友・新藤愛里が、友樹菜にだけ聞こえる声でボソリとつぶやく。
「う、うん」
「……友樹菜、お前、プレッシャー感じてないか?」
「そ、そう、だね、多少……」
幹矢の祖母も姿を見せ、頬を緩めながら、
「ほらほら、わたしが作った梅漬け、食べていきな」
と、並んで正座している二人に勧める。
「おい、友樹菜。風間のおばあちゃんも、すっげぇ美人じゃねえか?」
「う、うん、わかってるよ。大丈夫、ダイジョーブ……」
何が一体、大丈夫なのか。
(ああ、わたしの表情、間違いなく引き攣ってるよね~)
「ばあちゃん、幹矢が女の子を連れてきたの、生まれて初めてだなあ」
幹矢の祖父が大声で言う。
「ああ、そうだあ。目出度い、目出度い」
「こういうときは冬優子さんに頼んで、赤飯炊いてもらわなくちゃな?そうだよな?」
「じいちゃん!意味わかんねーよ、それ!」
どうにかして話を遮ろうと躍起になる幹矢。彼もいつにも増して居心地悪そうにしている(ちなみに女子二人は制服、幹矢はよれよれのTシャツに作業ズボンです)。
「今日はせっかくだから、一緒に夕ご飯食べていきなんしょ」
「ああ、それがええ、それがええ」
「あとで孫に風呂沸かさせるから。うちの風呂は広くて気分いいぞぉ」
「おい!じーちゃん!!いい加減にしてくれ!!!」
「いえいえ、とんでもございませ〜ん。わたくしは単なる付き添いのお邪魔虫で。何ならこの子だけ、このままここに置いて行って構いませんから~」
「ちょっと愛里! あんたまた、何テキトーなこと言ってんの!」
いつものドタバタ。
脇で荒垣先生が、澄ました顔でお茶を飲んでいる。
☆
友樹菜はふと振り返って、窓の外を見た。
盆栽園の棚場には、青々と葉を茂らせた我妻五葉松の盆栽がずらりと並べられている。
先週、大経ヶ峰の山頂で出会った「根上がりの松」そっくりな一鉢も、静かにたたずんでいた。
棚場の一角では、男性三人が集まって何か話をしている。一人は幹矢の父親。顔の輪郭や背格好は幹也とよく似ているが、一段と視線が鋭い。もう一人は白髪の年配男性。さらにもう一人は、ブレザーにネクタイ姿の、友樹菜たちと同年代らしい小柄な男子だ。
(あ、あの制服、花薫高校の……?)
花薫高校は市内随一の進学校である。友樹菜の父は花薫高校の卒業生だが、友樹菜自身は一度も、受験先として考えたことはない(そのせいもあってか、中学時代に父親との折り合いが悪くなった)。
「オヤジたちの話、聞いてみる?」
友樹菜の視線に気づいた幹矢が、これ幸いとばかりに声をかける。このむず痒すぎるプレッシャー空間から何としてでも逃れたいのは、二人とも同じだ。
「あ、うんうん。盆栽の話、もうちょっと聞いてみたいな〜」
「おお、そうかあ」幹矢の祖父が目を細める。
「愛里は、どう?」
「おっけー」
「じゃ、わたしもー」と荒垣先生。
棚場に現れた四人(友樹菜、幹矢、愛里、荒垣先生)を見て、幹矢の父親が早速、解説を始めた。
「この方はね、高橋さんとおっしゃって、松の根っこに生える『菌根菌』の研究をされているんだ」
「キンコンキン???」ナンデスカソレハの友樹菜&愛里。
「一種のカビみたいなものなんだけど、ほとんどの植物の根っこにはその菌根菌がくっついていて、菌と植物のあいだで、お互いに必要な養分や水分をやり取りし合って生きている。共生関係っていうんだけどね」
「そして、不思議なことに、植物と菌根菌は、必ずしも一対一の関係に限定されないんですね」高橋さんが続けた。「五葉松の場合は、ベニハナイグチという名前の、キノコにもなる菌根菌と共生関係にあるんですが、さらにもう一つ、朝鮮ニンジンとも関係を築いているらしい」
「朝鮮ニンジンって、あの、薬用になる……」
「そうそう。よく知っているね。オタネニンジンとも言って、漢方薬の原料に使われている。わたしは、我妻五葉松とベニハナイグチと朝鮮ニンジンには、三者の共生関係が成り立つんじゃないかと仮説を立てて、研究しているところなんだ」
うーむ。何だか、深い。深いのはわかるが、それ以上のことは自分にはよく理解できない。首をかしげた友樹菜のとなりで、ブレザー姿の高校生が「ふふん」と笑った。
「高橋さん。元々関心のない子たちにいくら説明したところで、時間の無駄ですよ、無駄。すなわち、馬の耳に念仏・暖簾に腕押し・豆腐に鎹・糠に釘」
「と、と、と、豆腐にカスガイって……意味わかんないけど、すんごい馬鹿にされた気がするよ、愛里!!」
「そーみたいだねー」
片手でわざとらしく眼鏡の縁を持ち上げるブレザー男子。午後の日光を反射して、レンズがきらりと光る。
「荒垣先生。この子たちは、先生のクラスの子?」
「そうよー。とっても可愛らしい子たちでしょ♡」
「……先生が、どうしても会わせたい生徒たちがいるっていうから来てみたけど、幻滅だな」
ブレザー男子が吐き捨てるように言った。
「な、なにおう!」
鼻の穴を膨らませながら、反論しようとする友樹菜。そこに、
「おい、ちょっと待て」
と、戦隊ヒーローのごとく割って入ったのは、もちろん幹矢だ。
「お前、花高の春埜亜藍だよな。お前のことはオヤジや高橋さんから聞いてるよ。我妻五葉松に興味があるんだって?」
「ええ、まあ」
ブレザー男子、もとい春埜亜藍と呼ばれた高校生は、幹矢の剣幕を受け流すように淡々と答えた。
「ぼくは将来、生物学者を目指していて。大学も日本国内じゃなく、最初からアメリカかイギリスに行くつもりなんだ。荒垣先生は何と言っても、スタンフォードで工学博士号を取った俊才ですからね。向こうのこと、いろいろ教えてもらおうと思って。高橋さんの菌根菌の話も、ぼくは初めて耳にするケースだったので、どういうものか気になったから」
「そんなこと聞いてんじゃねえ!!!」
幹矢が吠えた。
「俺が聞きてえのは、オメエが我妻五葉松と真正面から向き合うつもりがあるのか、そうじゃねえのかってことなんだよ!!えッ!どうなんだ?!我妻五葉松と本気で向き合おうとしない奴には、うちの棚の盆栽には指一本触れさせやしねえぜッ!!」
ひええええ。幹矢の怒濤の口上に、友樹菜は目を白黒させ、心臓を戦慄かせた。そして、思った。春埜の前に大きく広げられた幹矢の指と手のひら。初めてまじまじと見たけれど、一年中戸外で盆栽の世話をしているものだから、真っ黒に日焼けしていて、指と爪の隙間には取れなくなった土がこびりついている。荒々しい男の手だ。
対する春埜の肌は、まるで女子を思わせる白くて抜けるような色艶だが、だからといって、幹矢に引け目を感じているふうにも見えない。
ぎりぎりと睨み合う二人。
(つーかさ、ギョーザ高で物理教えてる荒垣先生がスタンフォード大学で博士号って、一体どゆこと?!)
「あらー、二人とも熱いわねえ。熱いアツイ」
「別に熱くなんかなってないッスよ、先生。コイツが勝手に……」
「ねえ、聞いて、春埜くん」
(あ、激ヤバな声)友樹菜が息を呑む。
(荒垣先生スペシャル「たとえまったくの無関係者であっても有無を言わさず巻き込みますわよ」モード発動……)
「世の中ってすべて、ギブ&テイクでできあがってるの。例えば、わたしが春埜くんに何かあげたとしたら、春埜くんも同じようにわたしに何かを返す。もし高橋さんや風間くんが菌根菌や盆栽のことを教えてくれたら、春埜くんも何かのかたちでお返しをする。わかるでしょ?」
「はあ……」
「だからね、春埜くん。これはあくまで一つのアイデアなんだけど、これからしばらく暁山高校盆栽部に籍を置いてもらって、一緒に盆栽について学ぶっていうのはどうかしら?そのあいだに、向こうの大学のことも、わたしから教えてあげられるし」
「へ?」
「ねっ♡」
(せ、せんせー。教育者として、いたいけな男子高校生相手に色仕掛けはマズいッス……)
「『しばらく』って……どれくらいの期間なんですか?」
俯きながら、疑わしげにつぶやく春埜。
(いいのかぁ!春埜くん!それを尋ねたら、もう後戻りできなくなるんだよ~ッ?!)
「そうねえ……来年の『全国高等学校盆栽選手権大会』が終了するまでって約束では、い・か・が?」
「はあ?」
「あ、それ、いいねえ」愛里がすかさず合いの手を入れる。「風間くんと友樹菜と春埜くんの三人、これで盆栽甲子園に出場できるんじゃん!」
「待って!わたしだってまだ、盆栽部に入ると決めたわけじゃ……」
「それじゃあ、いまこの場で決定!」やけに嬉しそうな荒垣先生&愛里。「風間くんは、どう?」
一瞬、ウッと声を詰まらせた幹矢だったが、これが悪い取り引きではないことくらい、わかりすぎるくらいわかっている。
「よっしゃぁぁぁ!今日から盆栽甲子園出場に向けて、スタートッ!!」
思いきり気勢を揚げる愛里。おいおい、お前がそれを言うのか?
狐につままれたような表情で呆然と立ち尽くす、友樹菜・幹矢・春埜の三人であった。
(今のところ、ここまで!)