もしも…どん底におちた時。あなたを絶望から助けてくれるコト・モノ・ヒトとその方法
世の中の全てのモノを遮断したくなる
…そういう瞬間が不意に訪れてしまうことがある。
世の中のモノが全て普段通りに動いているのに、自分だけが取り残されたように、動くことができず、時計の針が止まってしまったみたいに。
『絶望』を前にすると、現実をうまく咀嚼することができなくなる。
そんな時に、絶望の淵から生還するきっかけを与えてくれるツール(コト・モノ・ヒト)をご紹介したいと思う。
なるべくならば、そうならない事を願っているわけですが、私たちのように、もしも絶望に出くわしてしまった時に、この記事に辿り着いたなら、ぜひ活用してみて欲しい。少しは、助けになるかもしれない。
これは、わたしの体験記でもある。
※私たちに起こってしまった「絶望」を知りたい人は、こちらの記事をご覧ください。→
不要な方は、飛ばしてくださって結構です。
そして一番の問題はテレビである。
こういう状況下(絶望の淵)にあっても人々の暮らしはそう変えられないもので、習慣的にずっと付けっ放しのテレビは、いつもと変わらず、そのままたれ流されている。
ひとつの家の中で暮らす家族や人の数が多いと、わざとじゃなく、仕方なく、不本意にも、結果、傷つけられてしまう事がある。
そして本題だが、テレビCMには『赤ん坊』がたくさん出てくる出てくる。のである。
これほどまで…に、と、ため息がでるほどに、洪水のように赤ちゃんが登場する。
それは、こちらが少し落ち着いた時でも、容赦なく感情に触れてくる。
もはや、「赤ん坊」は、クリエイティブの世界では、手っ取り早く、効果を上げるための、安い化学調味料であることが、分かった。
そして、これを自分が(お仕事で)しないようにと、誓うのであった。
さて、冷静に、とにかく「赤ちゃん」に関連するあらゆるモノを閉ざす必要が私たちには、あった。
自分たちが、これ以上、消耗しないように。
これと同じようなことが、皆さんにも突きつけられるだろう。
私たちにとってのNGワードは「赤ちゃん」だったが、
別のNGワードがあなたに触れてくるはずだ。
だから、テレビを消してもいい。
しかし、テレビが、否定材料だけであったわけではなかった。救われた側面も、多いにあった。
それが【笑い】である。
テレビの良い側面である「笑い」
一瞬でも、この非常事態や、悲愴感から、逃れられる時間が、そこには確かにあった。
被災した人々が「笑いが救ってくれた」と話していた事を思い出す。それと、よく似ていると感じた。
私たちを救った芸能人(トライアンドエラーも含めて)をここに一覧にしておくので、参考にして欲しい。
(当然、好みに偏りはあるかもしれないけど)
有事になった時の一助になれば幸いです。
それから、まずお断りしておきたい事がある。
日常で、目や耳に届く、その時、旬であったモノコトのほとんどは、ほぼ全滅で、壊滅的にピンとこなかった。ここでいうピンは、癒しのことである。
...それでは一覧です。
その時の体験も含め、良し悪しと微妙なニュアンスも感じていただければ幸いです。
▼タモリ 氏
テレビに映る晩年の今のタモリさんではなく、
世に出てきたばかりのタモリさんである。
実は、タモリさんは、CDを出している。
4か国語麻雀、と聞いて分かる人と分からない人で、ある程度、年代が分かれるかもしれないが、そういう類のネタが詰まったCDがあるので、ぜひトライしてみて欲しい。
私たちの感想は、「おしい...」であった。
癒すまでいかなかった。
通常時なら、吹き出すが、気持ちが落ちている時には、なかなか耳に入ってこないのだ。
△ つまり、ある程度、こちらに余裕がないとダメな事が分かった。
▼玉置浩二 氏
私たちは彼を「泣き」に使おうと思った。
日本一の呼び声が高い美声の持ち主に頼ろうとした。が、クセが強すぎて、ダメだった。
さらに借りたCDがライブ版であったため、拍車をかけたクセが、拍車をかけて耳に届かなかった。残念である。
△ こちらもある程度、余裕がないとダメなことがわかった。
▼井上陽水 氏
私にとって、唯一無二の大好きな歌人だが、結論からするとこれも、だめであった。好きなモノを聴けばいいという訳ではない、とい事が分かった。好例となった。(筆者がどれぐらい好きであるかは割愛する)
△ こちらもある程度、余裕がないとダメなことがわかった。
▼80〜90年代歌謡ポップスのミックスベストテン
(知らない人のために解説すると、今でいうミュージックステーションみたいな位置付けで、久米宏と黒柳徹子が司会をつとめた名歌番組)のアルバムを借りた。
結果は、すこぶる二重丸であった。
運転中にハミングしてしまうほど。意外だった。
年代特有の、一緒に育った感...といいますか、青春時代の記憶を呼び醒すからなのか、気づいたら、自然と癒されている状態でした。
脳みそを他の時代にトリップさせてくれたからかもしれない。
平成生まれの人が同じような作用があるかは疑問ですので、もしかすると、その人が10代の頃に流れていた曲を選ぶと、同じ効果が生まれるのかもしれません。
○ 意外なほど癒された
▼マッキー 氏
私たちが、もっとも、驚かされた人が槇原敬之であった。最近の言葉で表すなら、ジェンダーだからであろうか。性別を超えた何かが、聴く者に癒しを与えてくれているのかも知れない。
それが、ご本人の魅力なのかもしれないが。
特に私たち夫婦共に、熱狂的なファンではなく、好きよりの好きではあったものの、音楽というカテゴリーの中では、群を抜いて、一番、癒してくれた存在でした。
◎ 意外なほど、すこぶる癒されます。おすすめ
▼小島よしお 氏
はっきり言って、その時の彼は、テレビ的には旬を過ぎていたのだろうと思う。
機会は全盛期に比べて減っていた出番だったはず。それでも、相変わらずのオッパッピーである。
これに、ものすごく反応して、笑わせいただいたのだ。
感謝である。
当時から、数年が経った現在でも、テレビにパンイチの姿で映っている、この需要、半端でない。もしかしたら、私たちのように救われる人が一定数いるからなのかもしれない。
◎ 意外なほど、すこぶる癒されます。おすすめ
私たちのような事態に陥った時、人は良くも悪くも、いろんなモノの本質に辿り着いてしまうようである。
たくさんのモノがある中で、余計なものが削ぎ落とされて、浮き上がるようにシンプルに佇んで見えてくるのであった。
まとめ
とりあえず、槇原敬之と小島よしおは安定剤。である。
嘘のような結果かもしれないが、私たちが体験した赤裸々な“真実”である。
救いが欲しいが、誰にも相談できないときに、ぜひ、試して欲しいです。
きっと清水ミチコ氏もいけたと思ふ...iTunesにもあるからお試しあれ(絶望時に聴きたかった)
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おまけ
話の流れから、つい『芸能』に偏ってしまったので、モノ・コトについても、少しだけ体験談を書いておきたい。
1. まず逃げる。
私たち夫婦は今まで東京が拠点だった。仕事場も複数人のいる会社の中でしていた。しかし、くだんの事件 の後、田舎に移住をしたのでした。
後から考えれば考えるほど、それが一番良かったことだと思っている。
今まで通りの人間関係や社会の中で、同じように生きられなかったと思う。
友達たちの気遣いが、腫れ物に触るようなものになるだろうし、
生き方が変わってしまった気がした。
距離を取ることは、必然だっただろうと思うし、精神にとても正解だったと思う。
2. 力仕事がいい。
できれば、土を手で触れるような農作業がものすごくいい。
ぼくら夫婦は共にデスクワークだった。
移住以降は、田舎暮らしでは、よくある農産期のお手伝いに行った。
晴れた日に、土埃の中、にんにくを植えたり、収穫したり、箱詰めしたり...
汗をかいた。これが、ものすごく、精神を健康にしてくれた。
そして、蔵人として、日本酒を造る仕事にも挑戦した。
思いの外、予想以上に体を使う仕事だったが、これもまた、精神を鎮めてくれました。体を使うと、予想以上に精神が健康になってくるので、おすすめである。もしかしたら、今までと全く異なる仕事もいい効果を生むのかもしれない。
3. 時間が解決してくれる。
身に起こってしまった『絶望』は、やがて少しずつ回復に向かいます。
それは間違いなく、少しずつだけど、やがて笑える日が来ます。
解決の方法は、人によって異なるかもしれないけども、体験した私たちが言える本当のコトです。
体についたおもりのようなモノが、少しずつ少しずつ、剥がれるように、軽くなっていきます。
でも、それには、やっぱり、時間がかかる事なんですね。
なので、回復にかかる時間、これまで上で取り挙げてきたようなモノ・コト・オトをぜひ試して欲しいと思います。
4. 同志を見つける。
わたしたちの場合の「絶望」は、たまたま夫婦で体験したことだったので、自然と助け合うことができたのだと思う。
もしも、ひとりで「絶望」を背負ってしまうことがあれば、同志や仲間を見つけることをおすすめします。
きっと、助け合うことができるはず。
この記事もその一つのように感じてもらえればと思う。
終わりに
ぜひ、ご参考ください。
みなさんが、いつもの普通を取り戻せますように。
*1: 私たち(字と図)の移住について非常によくまとめてくださったインタビューがあるので、興味のある方だけご覧くださいませ↓
うちの猫のオヤツが豪華になります