わたしのラベルは「八方美人」その2

昨日の続き。
わたしのラベルは「八方美人」その1|ジタバタ子|note

それまでも、ネタとして「高校のときの担任に『あなたは八方美人ですね』って言われたことがあるんだよ~、しかも三者面談で!親の前で!」という話をしてきたことはあった。

(補足として付け加えておくが、私はこの担任の先生が大好きだった。生徒に迎合せず、自分の思うことをズバッといい、我が道を行く、母親と同世代くらいの女性の先生だった。家でも先生のことをよく話していたから、娘が「八方美人ですね」と言われても、親も気にせず笑っていた。その後の関係も良好。)

久々にこの「八方美人」ネタを最近披露し、それから時をあまり経ずに「きえはる心理学ラジオ」で「ラベリング理論」を聞き、色々芋づる式に考えた。

まず、私が「八方美人」になるきっかけを思い出した。

それは中学への入学を控えた6年生の終わりのころ。小学校でそれなりに女子のめんどくさいいざこざを経験していた私は、中学校でできるだけ平和に暮らすにはどうしたらいいか考えていた。中学校では先輩後輩という面倒なヒエラルキーもあるらしいし…。

そして思いついた案、それが、「とにかく、『ニコニコ』していること」であった。どんな人にも、とにかくいい人と認識されるよう努力する。そのためにはまずは『ニコニコ』。

そんな感じで始まった中学生活。お陰様で、完全に面倒がなかったわけではないけれど、それなりに平和に楽しく過ごすことができた(完全に同調圧力に制圧されて生きていたんだな…と今ならわかる)。

それに味を占めたか、もしくはそれが自然に板についたのか、きっと高校でもそんな感じで生きていたんだと思う。そんな私を見ていた担任が放った言葉が、「八方美人」(相変わらず、同調圧力の流れに乗って生きていた)。

私としては、「平和に過ごすため、いい人と認識されるための『ニコニコ』」だったんだけど、そうか!見る人よっては「八方美人」となるのか!

「八方美人」と言われて嬉しい人はいないかもしれないけど、私としては、あんまり気になったことはなかったのが事実。その理由は、多分そのラベルを張った相手が自分の好きな担任であったこと。「八方美人」と言われたことを自らネタとして、つまり笑いとして昇華してきたこと。「八方美人」でいることで何ら損をしたことが(と自覚したことが)なかったこと。同調圧力に気づいていないので、長いものに巻かれて生きることでスムーズに生きて(いると思ってい)たこと。

そんなわけで、「八方美人でもいいじゃない」!

「八方美人」をスティグマとしてとらえたことはきっとなくて、「八方美人」であることのメリットを享受してきたから、「八方美人」のラベルを自らはがそうとも思わなかったのかもしれない。

しかし、若かりし頃の「八方美人」と比べ、人生半ばになっての「八方美人」は大分変ってきた気がする。

若かりし頃は、自分を持たない「八方美人」。自分の意見を示さず、周りが期待する「いい人」として行動していた。同調圧力に押されるがまま。

今の私は、同調圧力の存在に気づき、それに抵抗しつつ、つまり自分を示しつつの「八方美人」に進化したのだと思う。

例えばこんなことがあった。

生徒間の揉め事が起き、立て続けに数名の保護者から入電。ぞれぞれの親とやりとりすることがあった。

そのことを「八方美人」的視点から分解すると、私はどの親の「うちの子は悪くない!」という主張にも「共感」を伝えた。実際共感したからだ。親だったらそう思うだろう…。なるほど、そういう考えもあるだろう…。そんな具合で共感した。

そんな風に共感した後、「担任としての私の考え」をそれぞれの親に伝えた。「担任としてはこういう方向で対応したいので、一旦私に預けて欲しい」とお願いした。

そんなやり取りを見ての、同僚からの

「バタ子先生って、どんな保護者とも対立しないで、角を立てずに、うまく揉め事を収めてすごいですね。」

の言葉。

実際、あちこちで角は立ち、さざ波も立っているとは思うが、きっと私は周りの人に恵まれているんだと思う。だから、「対立」とならずにどうにか収まっているんだと思う。

「八方美人」のラベリング、今後もはがれることはなさそうだけど、同僚のおかげで、ちょっとだけ再定義できた気がする。

そんなわけで、今後はこちらのラベルに張り替え。

「進化版 八方美人」



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