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書籍紹介 NHK取材班『人口減少時代の再開発「沈む街」と「浮かぶ街」』

 全国で続いている再開発ラッシュの多くは高層ビル建設を伴う大規模プロジェクトですが、これらは次世代にわたり持続可能な都市像を描くことにつながるのだろうかという問問題意識について、NHK取材班がまとめた『人口減少時代の再開発「沈む街」と「浮かぶ街」』(NHK出版新書、2024)は、渋谷や秋葉原、福岡、葛飾区立石、福井などの現場取材を通じて、再開発の内側にある交渉、補助金、インフラ不足、人口動態などから起こる歪みの部分を映しだしています。
 
 終章に明治大学・野澤千絵教授による特別寄稿が付されています。ここでは、NHK取材班が提示した歪みの部分を踏まえ、新たなまちづくりの指針として「減築利用」や「修復型」の都市再生、公共性の再定義など、未来への道筋が代案として提示されています。

 以下、本編でNHK取材班による事例報告・課題提起をまとめ、終章の提言という流れでまとめます。

1.本編(NHK取材班)

(1)記憶を失う都市と再開発の裏側

 東京の渋谷の再開発を取り上げる際、著者たちは「街の記憶」が更新によって消え去る現実を指摘します。

 ただ、言い訳をするようだが、人の記憶というものはあいまいなもので、 新たな建物により、街が更新されていくと、かつてそこにあったはずのビルや店、人の営みは次第に思い出せなくなっていく。私はこうした渋谷で続く再開発をもはや日常のものとして受容し、その変化に鈍感になっていた。

出所:本書(P15)

 この言葉には、表向きの華やかな再開発の陰に埋もれていった生活の痕跡や歴史が軽くなっていく様子が伺えます。また、再開発には地上げ業者など「汚れ役」の存在が欠かせないという事情にも触れられています。

 さらに、疑問だったのは、こうした地上げした土地に大手デベロッパーがいわゆるブランドマンションを建設しているという事実だった。業界の関係者に取材すると、「この地上げ業者のような“汚れ役”は再開発には欠かせない」という声も聞いた。
 もちろん多くの新築マンションは正当な取引に基づく土地に建てられているだろう。そして、このケースはかなり例外的なものかもしれない。ただ、それであってもやはり強いショックを受けた。

出所:本書(P16)

 こうした背景も理解する中で、単純に「都市の進化」とは言い切れない複雑な一面もあることを感じます。


(2)同意形成、補助金依存、計画の不透明性

 再開発には法的に定められた地権者同意率のハードルがありますが、分筆による意図的な同意率調整など、双方の思惑から導く手法が紹介されています。

「紹介した事例は地権者の同意をめぐるトラブルとしては奇異に映るかもしれない。しかし、私たちが調べたところ、同じように分筆によって同意率が変化した事例は、ほかの再開発現場でも確認された。過去には一つの土地が30にも分筆され、地権者が大幅に増えたケースまであった。国土交通省にこうした分筆の横行について見解を尋ねると、以下のような回答が寄せられた。
恣意的な分筆と通常の売買に基づく分筆の外形的な区別は難しい。どのような対応が必要かについては、制度改正の要否も含めて慎重に検討する必要があるものと考えています。」(P27)

出所:本書(P27)

 再開発の現場では制度の隙間を突いた駆け引きが繰り広げられてもいます。また各地で進む工事費の高騰や金利上昇、需要変動は、再開発事業者や地権者を圧迫し、補助金なしには成り立たない構造が地方の多くで根づいていることも明らかとなります。

この中で、「工事費が上昇したり、上昇が見込まれたりしているか」を尋ねたところ、「ある」と回答した地区は全体の7割を超える46地区に上った。
この結果をみると、すでに各地の再開発が費用や時期などの面で計画通りに進む見通しが立たなくなっていることがうかがえる。各地の再開発現場の詳細な実態は、実際に取材した記者やディレクターたちが本編で展開しているので、ぜひご覧いただければと思う。
岐路にたつ高層化による再開発だが、私たちはもちろん個々の再開発自体を評価する立場にはない。ただ、この国は先の大戦での敗戦から異例のスピードで復興を遂げ、世界に類をみない経済的な繁栄を実現させた。 その過程で古いものを壊し、新しく大きくつくり替えるというサイクルにあまりに慣れすぎてしまってはいないだろうか。

出所:本書(P30)


(3)都市間競争と個性の喪失

 秋葉原や福岡市の再開発事例は、都市間での競争という視点で街の魅力創出を目指す中、「古い街並みを保存すべきか」「壊して新しく作るべきか」という二択ではなく、もっと複雑な公共的な議論と個々人の資産更新のせめぎ合いがあることに考えさせられます。

秋葉原の事例は都市間競争にさらされる日本の再開発をめぐる議論の象徴とみることもできる。「古い街並みを残すのか」、それとも 「壊して新しいものをつくるのか」という単純なものではない。秋葉原では、 選ばれる街、繁栄し続ける街であり続けるためにはどのようなまちづくりをするべきかという公共的な議論と、老朽化が進む雑居ビルや住宅などの個人の資産をどう刷新するのがいいかという議論が混在している。

出所:本書(P48-49)

 「高く大きく」建てれば良いという発想は人口減少社会では必ずしも成立しきれず、個性的な街や文化を活かしきれないまま、タワーマンション街が生まれ続けてしまう状況に行き着きます。


(4)インフラ、医療、教育への波及

 さいたま市や他の都市で、再開発による人口増にインフラが追いつかず、学校・医療機関の逼迫にも視点が向けられ、「開発後」の生活基盤問題も提示されています。

 デベロッパーや再開発組合と、医療・教育分野との情報共有不足が原因となっており、都市開発が「ビルを建てて終わり」ではなく、住み続ける人々の未来を見据えた計画が必要なことを感じさせます。

一方で、救急医療の最前線にたつ田口医師は、まちづくりの観点に医療の視点が必要だと考えている。
例えば、病院においても、周辺に大規模なマンションが建設される際には、事前に情報を把握できれば、医療スタッフの増員を検討したり、場合によっては病床数を増やす必要があるか検討したりするなど、準備できることがあるのではないかと感じている。
実際に、大規模なタワーマンションが建設されれば、1000人単位の住人が新たに移り住んでくることになり、医療を必要とする場面もそれだけ増える。
ただ現在は、マンションの建設や再開発などを行う民間事業者などから病院への情報提供の仕組みは整っていない。空き地があったとしてもマンションが建つのか、どれくらいの規模のマンションなのか、ファミリー向けのマンションなのか、それとも単身者向けなのかといった情報を共有するシステムは全国的にも整備されていないのだという。
田口医師の言葉だ。
「さらに開発は進むのだと思うし、人口が増加していく見通しもあるので、学校、道路、公園など、そうしたインフラと同じような形で、医療の計画も併せて考えれば、もっと住みやすい街になっていくと思う」
街の再開発やまちづくりは、地域の価値を高めたり、人を呼び込み活性化させたりするための起爆剤になりうる。その一方で、こうした再開発はデベロッパーや再開発組合が主体となって進められる場合が多く、行政などとの情報共有が必ずしも十分とは言いがたいのが現状だ。

出所:本書(P144-145)

街は開発をして終わりではなく、人々の生活はそこから紡いでいかれる。学校も医療も生活に欠かせないインフラだ。だからこそ、まちづくりにおいては人が移り住んだ後についての想像力を十分に働かせること、まちづくりの情報共有や連携の仕組みづくりが必要だと言えるだろう。

出所:本書(P146)


2.終章〔特別寄稿:野澤千絵明治大学教授〕

 本編で示された内容を受け、終章は明治大学政治経済学部・野澤千絵教授から学術的・政策的な視点から「まちづくりのあるべき姿」が提言されています。
 
 野澤教授は、ゴールなき規制緩和が生み出す無秩序な住宅供給、既存ストックを活かさない高度利用偏重の更新手法だけでなく、「減築利用」「修復型」の活用や、計画段階からの市民参加プロセス強化、地域の歴史・個性に即した「公共性」評価の仕組みづくりが必要であると指摘します。
 
 この特別寄稿は、本書全体に通底する「再開発=善」という前提の再考に対する、理論的かつ実務的な一つの回答案とも言えます。


3.最後に

 本書では「高層ビル化」という都市更新の向こう側に、次世代まで続く街づくりの責任をどう引き受けるのか、という核となる問いを投げかけます。

50年以上前、都市問題の解決を目指し、先人たちは知恵を結集して「高層ビル建設」という「革命技術」を生み出した。私たちは今、人口減少の時代にふさわしい「新たな解決方法」を生み出す必要性に迫られている。
長期的な未来を見すえ、どんな手だてをとることができるのか。計画を主導する自治体や事業者からは、十分な情報が提供されているのか。そして、市民は、自分たちの街をどのようにしたいか意見を表明しているか。議論は尽くされているのか。
私たちメディアは、民主的で建設的な議論のために必要な多角的な情報を提供できているのか、さらに問われることになるだろう。
新たな時代の“豊かな暮らし〟とはどのようなものなのか。そして、それを実現するためのプロセスはどうあるべきなのか。全国各地の人々と対話を続けながら、その答えを探していきたいと考えている。 NHK首都圏局 チーフプロデューサー 阿部宗平」

出所:本書(P242-243)


 人口減少時代を生きる私たちの身近で行われようとする老朽化対策や再開発の中で問われてくる「豊かな街」「公共性」を思索するにあたり、一読されてみることをお勧めします。


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