築古物件を改修して、唯一無二性の高い高級貸し切り宿に仕立てる今昔荘の取り組み
1981年以前に建てられた旧耐震基準の建物について、耐震補強に付加価値をプラスして建物の可能性を探っている株式会社キーマンでは、1981+倶楽部を主催しています。
1. 1981+倶楽部が目指す築古ビルの再生
1981+倶楽部は、旧耐震物件のみを扱う日本初の情報サイトとして立ち上がりました。広く認知されている不動産紹介サイトだと、旧耐震の建物の扱いは少ないですが、このプロジェクトでは敢えて特化して採りあげています。
同社が耐震補強を手掛けたREDO JIMBOCHOでは定期的にセミナーが開催されています。築古物件をどう再生するか、旧耐震物件にどんなビジネスチャンスがあるか、等を具体的に学べる機会が提供されています。
今回は、1月16日の旧耐震物件活用セミナーの内容をまとめます。講師は株式会社ファンバウンド代表取締役の大門拓童さんです。
2. ファンバウンド・大門拓童さんの宿泊事業への転身動機
(1) エンジニアから宿泊ビジネスへの転身
大門さんは元々、エンジニアであり海外駐在員として、アメリカやインドネシアに赴任し大型のプロジェクトをマネージしていました。
インドネシア赴任中、週末の街を歩いていると華僑系の方の週末の光景によく出くわしたそうです。ジャカルタの中心街でファミリーが10人位で連れだって、皆さんハイブランドを身に着けている。これら華僑系の方々が旅行にいく際の一般的な行動だと察したそうです。
日本に帰国後、実家の飲食事業に何か関連する事業をやっていきたいという所で事業を模索している中、インバウンド客を意識した事業の動機につながっていきました。
(2)インバウンドの波に乗る
大門さんが帰国した当時の大阪ではインバウンドの旅行客が急増していました。その需要に対応しようと始めたのが「荷物預かり+民泊チェックイン代行」のビジネスでした。
民泊の法制化に際して本人確認が必要になったが、それを宿泊施設の少人数のスタッフで対応し切るのは難しい、であるならば、手荷物預かり所で本人確認や鍵の引き渡しを代行しよう、との発想で開始して以降、半年で300件ほどの依頼を獲得するほどになりました。ここから今昔荘の事業立ち上げにつながっていきます。
3. 今昔荘誕生から今日に至るまで
(1)市場の隙間に対する仮説が的中
チェックイン代行サービスをしていると、どういう宿泊施設が支持されていて、また、支持する顧客層も分かってきした。そこで得た仮説は、
・大人数・ファミリーで泊まれる宿
・ホテルにはない広々した空間やプライベート感
・ナイトライフが楽しめるエリア
こうした要素が求められているにもかかわらず、大阪市中心部で対応できる宿泊施設が少ないというのが当時の状況でした。
そのことを踏まえ、2018年5月、「今昔荘 大阪 道頓堀 ー寄合ー」をオープンしました。当初の仮説は当たり、運営を始めたらすぐに手応えも感じたそうです。SNSで宿泊客が拡散していくことで、稼働率が伸びていきました。こうして大阪市内で使われていない築古ビルや民家を選定し、順次リノベを実施して随時、今昔荘をオープンしていきました。
(2)口コミでの拡散を招いた「今昔荘」のブランドコンセプト
物件や土地の歴史を「昔のストーリー」として活かしながら「最新の設備」を入れるというコンセプトで今昔荘のコンセプトが打ち出されています。古い建物にも「こんな由来がある」という物語を知ってもらえれば、古さが「味」として受け入れられていくことを実証しています。
加えて快適性は重要な要素です。広いリビングや複数のベッドルームを確保し、浴室にもプロジェクションマッピングなど面白い仕掛けを入れることで、滞在そのものを楽しめるように工夫を凝らしています。「民泊は安宿」というイメージを一新できる素材が創れます。Instagram等で映える写真が沢山撮れるため、口コミでも一気に広がりやすいのです。
(3) 築古・旧耐震物件が価値として生む理由
①「古き良き」を活かすことで差別化
築古物件の梁や柱、土壁、昭和の面影が残る階段の造形など、外国人はもちろん日本人にとっても新鮮な魅力になる要素が豊富に潜んでいます。簡単に解体してしまうのは勿体ないです。建物が持つ世界観に新しい演出やIoTが掛け合わされると、希少な体験が生み出されます。
②好立地を築古ビルの特性を活かして投資効果を最大化
都市部で残っている築古・旧耐震物件には、抜群の好立地のものがあります。あえて壊さずに、耐震補強により現行の間取りを可能な限り維持しつつ、総額コストを抑えることで、一等地での高付加価値物件に化ける物件があります。今昔荘の展開でそのノウハウが蓄積されていきました。
4. コロナ禍での試練と決断
(1)プロジェクトが凍結しそうな状況でのリブランディング
こうして好調を維持してきましたが、コロナ禍となり、インバウンド相手に限った宿泊提供では先行きが厳しいとの判断から、国内向けにリブランディングしていきました。その効果もありファミリーやグループのお客様にも広々として、かつ楽しめる宿としてウケ、売上を維持することができたそうです。2022年、23年とインバウンドが回復してきて、今昔荘はコロナ以前にも増して客単価が上がり、ますます注目されるようになりました。
(2) オーナーの英断とインバウンド復活への先行投資となった今昔荘天保山
とはいえ、コロナ後でも観光業は厳しい状況がしばらく続きました。業界全体としてのホテル投資再開には時間を要しました。一方で、今昔荘天保山の候補物件のオーナーは、その間でも工事を進める決断してくれました。2022年3月に今昔荘天保山は完成しました。結果的として、インバウンド客の再びの増加を絶妙のタイミングで捉えることができました。
5. 天保山エリアの由来
(1) 高灯籠が大阪港の歴史を踏まえた新旧ランドマークに
大阪港は昔、水運の要として多くの船が集まるエリアでした。天保山には巨大な灯籠があり、船乗りはそれを目印に入港していたそうです。灯篭は亡くなりましたが、現代では夜になるとカラフルに彩られる観覧車があります。
そこで、過去のシンボル(高灯籠)と現在のシンボル(観覧車)が融合する空間づくりをしようと、ベランダから観覧車を見渡せる設計にし、加えて、灯篭も設置しました。夜景を活かした宿泊の夜の体験を演出しました。
(2)生洲、水族館のルーツから発想した浴室の楽しみ方
海遊館(水族館)がある天保山の由来を紐解くと、昔は“生洲(いけす)”に鯉などを泳がせ、上から観賞していたという文化に行き着いたそうで。そこで、その歴史を取り入れたプロジェクションマッピング付きの浴室が誕生しました。
湯面をスクリーンにして、魚が泳ぐ映像を投影、現代版の“生洲(いけす)”を疑似体験できるようにしました。
6. 展開エリアを東京他に拡大
大阪で定着した今昔荘のモデルを、同じく一等地に築古ビルや古民家が数多く点在する東京他の地域にも広げていこうとされています。特に東京はインバウンド需要はもちろん、観光やビジネスの出張も集まり、高級貸切宿というニーズは高いと大門さんは見込んでいます。協業についても相談にのってくれます。
7.まとめ 「古さ」をブランドに転換できる方法論が詰まった今昔荘
大門さんの取り組みには、古いから価値がないという固定観念を打ち破る方法論が蓄積されています。
① 歴史・和のテイストが持つ、趣やストーリー性を活かした点
② 立地の良さを活かし、ホテルとは違った「貸切での自由度の高い空間」を提供する点
③ 無人運営にハイデザインを備えて高単価に見合った快適性を実現した点
そして、これらを押し上げているのが、インバウンドを中心とする大人数の富裕層ご一行様の宿泊需要です。コロナ禍を経て、日本人ファミリーやグループ旅行での「特別感を味わえる宿」を求めるニーズの獲得もできました。
融資・耐震補強費用・自治体ルールへの適応など物件ごとに課題は伴いますが、1981+倶楽部からの情報提供やノウハウ共有にも期待が持てます。
今昔荘は、現在のところ大阪圏を中心に展開していますが、各地の住宅が”古さ故の価値”が伴った高級貸切宿に生まれ変わるこの提供スタイルは、各地で築古物件の扱いに思案する所有者の皆様にも前向きさやワクワク感を提供してくれることでしょう。