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書籍紹介 夫馬賢治『ネイチャー資本主義 環境問題を克服する資本主義の到来』
夫馬賢治さんの著書『ネイチャー資本主義 環境問題を克服する資本主義の到来』PHP新書(2022)は、資本主義の力を活用して環境問題を解決し、持続可能な未来を創造するための経済モデルを提案する一冊です。著者は、これまで何かと批判の対象になりがちな資本主義が、むしろ環境問題解決の鍵を握っていると論じます。本書では、ESG投資(環境・社会・ガバナンス投資)や企業経営、金融、そして市民の行動を通じた変革の必要性を説き、「新しい資本主義」への移行を具体的に示しています。
1.はじめに:新しい社会構想の必要性
「今、私たちは批評のための批評をしている時間はない」と著者は現在の環境問題について警告します。資本主義を批判し続けるだけでは環境問題に対処できず、もはや「オールド資本主義」を脱し、急速に変貌する「ニュー資本主義」に向き合うべきだと述べます。それが、本書の中心となるのは、資本主義の枠組みを最大限活用し、環境基盤を再生していく「ネイチャー資本主義」という社会モデルです。
2.環境危機の真因はどこにあるのか?
著者は、「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」の概念を紹介し、気候変動、生物多様性、土地利用、海洋酸性化など9つの主要な環境問題が、持続可能性を脅かしていると指摘します。これらの環境問題は、ビジネスや経済活動にも影響を与え、今後の経営において無視できない課題となっています。環境負荷が地球の限界を超えると、私たちの生活基盤が破壊され、将来的な社会安定が危うくなります。
3.環境問題を克服する「デカップリング」とは何か
「デカップリング」は、経済成長と環境負荷を切り離すことを意味します。著者は、経済が発展しても環境に負担をかけない「絶対的デカップリング」の実現が不可欠であると主張します。再生可能エネルギーの普及やサーキュラーエコノミー(循環型経済)の推進を通じて、産業全体が環境負荷を減らす方向にシフトする必要があります。
著者は、技術革新とデジタル化がこの転換を支える重要な鍵であるとし、ビジネスの変革に向けた積極的な取り組みを促します。また、企業や金融機関だけでなく、消費者も「持続可能な選択」を意識し、行動を変えることが求められるとしています。
4.マルクス主義が批判した「資本家」はもういない
著者は、かつてマルクス主義が批判した「強欲な資本家」は、現代にはほとんど存在しないと述べます。代わりに、資本市場を主導するのは、年金基金等を運用する機関投資家です。これらの機関投資家は、預かった資産を運用し、長期的なリターンを求めるために企業の経営方針に影響を与える重要な存在となっています。
さて、そろそろ私たちは、マルクス主義の「資本家」の概念から決別しなければいけないときがきている。マルクス主義が想定していた人格としての「資本家」は、実質的にかなり少数派になっている。
今や資本家とは、強欲で搾取してくる、あの遠い存在の企業経営者や富裕層ではない。労働者一人ひとりが投資家なのだ。私たちは、気づかない間に、資本主義社会の投資家側の役割を担うようになっている。
企業の支配関係でも同じだ。グローバル企業が見えない力で私たちを支配しているのではない。私たち一人ひとりが投資家としてグローバル企業を支配しているのだ。
5.環境問題に立ち向かう機関投資家たち
機関投資家は、資本主義の新たな推進者として、企業に対して2050年までのカーボンニュートラル達成を求めています。GFANZ(ネットゼロ金融アライアンス)のような枠組みのもと、必要レベルの観点から、投融資先もしくは損害保険提供先に具体的なアクションを迫っていくことなる。
機関投資家たちは、金融市場全体を持続可能な方向に導くための役割も果たしており、ESG投資を通じて社会全体の変革を推進しています。投資家が企業に求めるのは、リターンの追及はもとより、単なる環境配慮ではない科学的根拠に基づいた削減計画と具体的なアクションとなる。
6.ニュー資本主義、陰謀論、対立構造の転換
本章では、現代の対立構造は「資本主義 vs. 反資本主義」ではなく、「短期思考 vs. 長期思考」であると指摘されている。企業や金融機関は、長期的な視点から持続可能な経営を目指す一方、短期的な利益を重視する勢力との対立も深まっています。また、「公正な移行(ジャストトランジション)」の重要性が強調され、新しい産業構造への転換で取り残される労働者を支援する必要があるとしています。
これと合わせて機関投資家は、2つの難題も同時に達成していかなければならない。1つ目は当然、顧客から資産を預かっている立場として長期的な高い投資リターンを実現していくことだ。このこと自体は、長期的な経済成長を求めているSDGsと全く矛盾しない。ただし、将来リターンを生むように投資先を誘導していくことは決して容易ではない。機関投資家の間では猛スピードで、ファンドマネージャーの人材再教育が進められている。人材の再教育が進まない機関投資家からは、顧客が離れていくおそれが高まっている。
そして、もう1つの難題が「公正な移行」の達成。 こちらは難易度が非常に高い。カーボンニュートラルやネイチャーポジティブを実現するためには新たな「産業革命」が必要だが、一方で進め方を間違えれば反発する陰謀論者を増やしてしまうおそれもある。
7.ネイチャー資本主義の実践
最終章では、ネイチャー資本主義を実現するための具体的な方法が論じられます。企業は利益追求のみならず、持続可能な社会を構築するためのイノベーションを推進する必要があると説かれます。また、金融機関は資金提供だけでなく、未来志向のビジネスモデルの提案と経営支援を行う役割も求められています。
SDGsの話になると、「私たちはなにができるだろうか」という質問もよく耳にする。残念なことに、「一人ひとりが高い意識を持ち、日常生活の中で極力努力していくことが大事だ」などということはSDGsに関する公式文書のどこにも書かれていない。書かれているのは、社会変革のためには、企業のイノベーションが必要であり、それに向けて民間セクターが積極的にファイナンスすることが必要であり、政府は大きな民間ファイナンスを呼び込むために公的資金の投入が必要ということだ。私たちが最もすべきことは、業務時間外の活動ではなく、限界値以内の絶対的デカップリングを実現できる社会経済システムを構築するための抜本的な業務変革なのだ。
SDGsが提唱された「持続可能な開発のための2030アジェンダ』には、企業に期待する役割がはっきりと明記されている。そこには、「持続可能な開発における課題解決のための創造性とイノベーションを発揮すること」とある。そして必要な資金は経済成長によって生み出されるとも書かれているため、同時に企業は経済成長の担い手の役割も果たさなければならない。残念なことに企業はSDGsに関して、少しボランティア活動をしただけではSDGsに貢献していると言えない。
最後に、著者は、私たち市民も「資本家」としての自覚を持ち、自らの消費や投資を通じて社会を変える力を行使する必要があると強調します。
8.最後に、未来への行動を促す「ネイチャー資本主義」
最後に、本書が伝えたいメッセージとして、私たち一人ひとりが「ネイチャー資本主義」に貢献するための具体的な行動が強調されています。
例えば、私たちが日々の消費や投資で、持続可能な選択肢を優先することで、企業は「モノ消費」から「コト消費」へと移行し、環境に配慮した事業展開を進めていくでしょう。日常の選択が未来に大きな影響を与えるのです。また、消費者としての選択だけでなく、個人投資家として資本をどのように運用するかも、持続可能な社会に向けた大きな力となります。
これから機関投資家や企業は、社会変革に向けた動きを進めていくだろう。これに伸るか反るかは、消費者としての私たちの意思次第だ。カーボンニュートラルやネイチャーポジティブを実現しようとすれば、当然、自由に使える資源は少なくなっていく。そうなれば、自ずと企業は、「モノ消費」から「コト消費」へと事業の軸足を移していくだろう。だが、もし私たちが、コト消費では満足できず、モノ消費を要求すれば、企業は未来に向けた方向性と消費者需要との間で板挟みにあってしまう。社会変革に反れば、当然、地球はさらに悲鳴を上げていく。そしてそれで生じる悪影響を被るのは、私たち自身なのだ。
つまり、「どのようにして社会や環境に貢献する投資を選んでいますか?」、「普段の生活で、環境や社会に配慮した消費行動をどのように意識していますか?」といった問いを考えることが、私たち読者自身の行動を見直すきっかけとなることでしょう。
以上、本書で提唱する「ネイチャー資本主義」は、経済・金融・市民社会が連携し、環境基盤を回復する新しい社会のデザインと方向性を示しています。私たち読者一人ひとりが持続可能な未来の実現にどう関わるかを考え、行動することが求められています。