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BUTTER tokyo, 卒業 -BUTTERでの出来事編-

こちらの投稿、数回に分けて投稿するうちの第二話目です。
(ざっくりとこんなチャプターでお送りしようと思っています( ◠‿◠ )。特に1や2は自分が振り返ることを目的に置いているので、若干分かりづらいこともあるかもしれません。何卒!)

全体目次:
1. BUTTER tokyoに入ったきっかけ
2.そこで起こっていたこと (今回はこれ)
3.縁の深い人たち
4.これからどない?

BUTTER tokyoで起こっていたこと

前回のおさらい
新卒入社した会社を3ヶ月休職中に、岡本太郎から「人生迷ったらダメになる方へ行け」と言われる(間接的に)。そうして、とりあえずシーシャとコーチングで生きていくことを決意。そんなタイミングで、元々一番通っていた「BUTTER tokyo」のスタッフになるご縁をいただく。

続き

メガベンチャー新卒入社からのシーシャ屋スタッフ転身。
あなたならどう思うだろうか。自分にはできないという人が多いかもしれない。実際そういうことは何度も言われた。文字列だけ見たら、いわゆるキャリアアップ的なことを捨てた選択だと思われてもおかしくない。でも、私からしたら「好きなことだけで生きる」上では大きなキャリアアップだった。

とはいえ、本来の私は、接客業が本当に苦手なタイプだと思う。知らなくて態度でかい人にニコニコしていられないし、フィジカルなマルチタスクは苦手だし、ライトなコミュニケーションを延々とすることも苦手。何より、高校の時入ったホテルモーニングのバイトで、1日目の一発目にコーヒーをお客さんにぶちまけたこともある。接客が苦手な理由なら幾つでも挙げられる。

それでも、結論から言えばBUTTERで働くのは本当に楽しかった。グラスは3回くらい割ったけど、接客が嫌いだったことを忘れるくらいに夢中になった。何が前職との違いなんだろう。動かす金額の違い?責任感?周りからのプレッシャー?多分どれも違う。私なりの答えは、「感性をいかに表現できるか」だ。

私は元々感性が強かったり鋭かったりするような人ではなかった。小さい頃は親にも絵が下手だと思われていたらしい(後日談)。誰かから感性の強さを取り立てて褒められたことも別になかった。それでもなぜか、前職ではずっと「感性が使えない」という苦しさに締め付けられていた。課題をもっとクリエイティブに解決したかったし、理性も感性も両方を使って仕事がしたかった。それでも、「まだ新卒だから、その前にやるべきことをやろうね」という、それに似たような言葉や雰囲気の圧力を受け取っていた。

その通りだと思う。今なら分かることもある。入りたての人間に好き放題されてもね。それでも、当時の私は毎日少しずつ自分が枯れていってしまうように感じた。感性を取り戻そうと土日で急いで回収しに行っては、月曜の始まりに絶望していた。

でも、ここでは違った。BUTTERでは、自分の好きな時に好きな感性が出せた。人によってアレンジするコミュニケーションもそうだし、相手の気分と自分の気分を非言語で感じ取って作るシーシャもそう。枯れていたクリエイティビティのようなものが、最も好きな方法で少しずつ満たされていくのを感じて身体が喜んでいた。そんな風に好きに感性を出せたのは、心が広くて自分に信頼を置いてくれるお客さんや、好きに遊ばせてくれるスタッフやボードの皆さんがいたからだと思う。ありがとうございます、ほんとに。

そんな感性を楽しく使っていたのも束の間、働き始めて5ヶ月目に、お店が停電した。しかも3ヶ月間。計画停電でもなんでもなく突然電気が止まって、その後3ヶ月間、お店ではなくただの真っ暗な箱となってしまった。無告知に仕事がなくなり、電気が戻るまではなんとかひとりで生き延びろ、と、言われてはいないがそんな状況だった。新しい仕事を探すことも考えたが、BUTTERとこんなにも味気ないさよならをするのは嫌だった。だから、待った。他の仕事をしたり、貯金を切り崩しながら。

前職を3ヶ月休職して、BUTTERという場所を見つけて楽しく働き始めて5ヶ月、3ヶ月間仕事を無くしかける。大波乱の2023年だった。2022年の私は予想もしていないだろうな。横浜で見てもらった占い師も。でも、休職した時とは違い私には感情があった。しんどい気持ちももちろん湧いたし、寂しくもあった。でも、奇しくも結構楽しんでいる自分もいた。

その中で始めたことの一つが、絵を描くことだった。気合いを入れて描き始めたわけでもなく、どこかに習いに行ったわけでもない。ただ、iPadと付属のペンがあったことをふと思い出し描いた。それが、楽しくて仕方なかった。

経済的に、全然余裕はなかった。だから、こんな悲劇もしょうがないよね、と優しい気持ちでいられない日もあった。それでもこんなふうに、自分ひとりのために感性を使えるということが、贅沢に思えて幸せだった。

これは全くの想定外のことだったが、絵を描いては身内のアカウントでシェアをしているうちに、意外と見ていてくれる人がいることもわかった。反応をもらう中で、いい感じに調子にも乗ってしまい、一丁前に個展なんかもBUTTER tokyoで開かせてもらったりした。

絵を描くことは、自分の中で完全に「贅沢な感性遊び」と捉えていたので、絵を売ったりビジネスに繋げることは考えてもいなかったが、これまた有難いことに絵を買いたいと言ってくれる人がいたり、わざわざ地元の名古屋から会いにきてくれる友人がいたりするの体験をして、自分から出る価値の新たな兆しが見えた。絵を通して新たな自分の一面を知ることができたなと思う。

そしてこの後、こういう活動がきっかけでBUTTER tokyoの周年のグッズとしてポスターを描かせてもらったり、友人の料理店に絵を飾らせてもらえたり、友人の結婚式で絵を飾ってもらったり(絶賛製作中^^)、そんなお声がけももらったりした。

いや〜ありがたすぎる。小さくて、完全でなくとも、思いを形にし続けていたら、個展なんていう思いもよらない発想が湧いてきたり、実際にそれが成り立ってしまったりする。そして、気づけば誰かから機会をもらえるようになったりもする。思ったこと、感じたことはなんでも外に出してみるもんだな〜と、小さな成功体験として今でも自分の心に大事にしまっている。

本当にすごいねと言ってくれる人がたくさんいて、その言葉はすごく大切に受け取っているけれど、「私だから」できたことではないとも思っている。自分の中で湧いてきた芽を、本当に少しずつ、でも丁寧に大切に育てながら、ちょっと人にも見せてみる。やってきたのはそれだけだと思う。

今成し遂げられたのは、社会を大きく揺るがすような偉業ではないけれど、それでも私にとっては「背伸びしない等身大の私」で起こせた一つの出来事で、人生ってそんなのの積み重ねで本当は十分幸せだよな〜と感じている自分もいる。

そんなふうに、私BUTTER tokyoで自由気ままに感性を育ませてもらうことができて、何かのスキルセットとかではなく、丸裸の「感性」から自分を知ってもらったり、人と繋がることができた。その経験が、すごく嬉しかった。

その「人」というのも、BUTTERは本当におもしろくて。
次回は「人」にフォーカスを当ててみたいと思っています。
見てくれている人がいたら、お楽しみに〜!

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