「妄想」を仕事にすることに興味ありますか?ー開発ユニット「AR三兄弟」の仕事の裏側。
テクノロジー、カルチャーの最先端を駆け抜けるAR三兄弟が、初の兄弟リレー形式で語る「仕事の裏側」とは?
誰しも「楽しいことだけをして仕事をしたい」と心の奥底で思っているだろう。だが、それを実行するのは簡単ではない。ましてやそれがある一人の人間の中から生まれた「妄想」をもとにした仕事なら、なおさらだ。
だが、その「妄想」で生計を立てている人間が確かに存在する。
今回『妄想講義』へ参加してくれた開発ユニット、AR三兄弟の3人だ。
AR技術を中心として斬新なアイデアを世の中に実装し続け、テクノロジー×カルチャー、さらには空間設計や教育シーンまで、最先端を駆け抜ける彼らの「三兄弟としての仕事の裏側」は、今までさほど大っぴらには明らかにされていなかった。
今回、三位一体のAR三兄弟が初のリレー形式で「兄弟それぞれの思い」を綴ることで、彼らの仕事の裏側を語ってくれた。
そこから見えてきたのは、兄弟同士のお互いへのリスペクトと、個性のコラボレーションによって生まれる「妄想」のキャッチボールの妙味だ。そして、すべての仕事に通じる「面白いものを生み出すには?」という究極の問いへのひとつの答えでもある。
そして、彼らのコラボレーションの仕方にこそ、「妄想」を単なる突飛な思いつきで腐らせるか、現実に価値として実装できるかの違いを見極めるヒントが眠っている。
非現実と現実の絶妙な「共通点」こそ、新しいビジネスの可能性?
AR三兄弟の活動が他に類を見ないのは、彼らがその活動でちゃんと「飯を食えている」ということだ。そこに、単なるアイデアだけの「突発的妄想」と、「持続可能な妄想(今風に言えば)」の違いがあると考える。
「飯を食える」というのはつまり、自分が生み出すものに対価としてお金を払う人間がいるということだ(少なくとも今の日本経済のなかにおいては)。「妄想」を商品にする人間にとって、非現実的だからこそ価値があるという商品性質と、とはいえ現実に価値を実装しなければいけないというジレンマがあるだろう。
AR(拡張現実)という「リアルとアンリアルの融合」を得意領域にしているのはその点ある種の突破口だっただろうが、その技術としての特異性だけでは、ここまで様々なシーンで評価されるユニットにはなっていないはずだ。
今回のリレー文の真の価値は、「AR三兄弟という技術者集団はなぜ、ぶっ飛んだアイデアで飯を食えてきたのか?」という点にあると思っている。ぶっ飛んだアイデアだけでは飯は食えない。それどころか、技術だけなら安定して飯が食えるのに、ぶっ飛んだアイデアのせいで一文も稼げないという事態だってありうる。ほとんどの人は「東京にレンタルできるユニコーンのステーションを作ろう!」と思いついても、それを仕事にはできない。結局はモバイルゲームアプリの開発くらいを飯のタネにしながら、空いた時間でユニコーンの設計書をコツコツ書くくらいにとどまるだろう。
だがAR三兄弟は、ユニコーンで飯が食えてしまっているのだ。
謎を解くカギは、「優雅な白鳥も水面下では必死に足をもがいている」というあの比喩だ。つまり、華々しい活躍の影に、我々には見えていない泥臭く着実な3人の中の積み上げがある。
そしてその積み上げの中にこそ、すべての仕事人が頭を悩ませる「自分と他者とのコラボレーション」の大いなるヒントが隠されている。
最後に本編への導入として、本文から三男オガサワラユウの次の言葉を引用しよう。
他者との関係の中にこそ、自分の妄想を真に面白いものにする、糸口があるかもしれない。
続きはぜひ、本編で。
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