家畜 第7話

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 入学式はまるで成人式のようににぎやかでワンパクだった。名前を呼ばれても返事をしない奴、今時リーゼントにして自分が学校のアタマはれると思ってる奴、それから――いや、これ以上はよそう。重要なのはオリエンテーションや休み時間などに俺がいろんな人と会話をしていったということ。そこから話をしていこう。

 中学時代、人望集めに奔走した経験を持つ俺にとって、見知らぬ者に声を掛けたり身の上話を聞くことは余裕綽々だ。俺はとにかく、まず情報収集を欠かさなかった。その都立定時制高校に通う新しい同級生達とのコミュニケーションは非常に重要だ。

 その結果、やはりというか何というか、いろんな人間がこの高校にいるということがわかった。

 一番多いのは、昨年まで中三だった、ワケありの新高校生達。ワケと言っても人によって様々で、例えば第一志望の都立高校の入試に落ちてしまい、中浪を避けるため確実に入れるこの定時制を選んだ者、心身ともに不健康なため全日制に行けなかった者、家計が苦しくてバイトで生活費を工面しながら学校に通う者、中学のうちに両親を亡くし自活しながら来ている者、など。新一年生だけでも、普通の家庭とは違う特別な事情がある人間がこれだけいる。反面、本当の意味での第一志望が定時制高校だった、という者はやはり全体から見ると少ないようだ。ちなみにこの高校では制服着用を義務づけておらず、身なりに関しても人それぞれである。ゴキゲンなヘアスタイルや服装で来ている奴もいるが、そう言った工業高校生みたいな奴は意外と多くない。目立つのは、最近の流行とはかけ離れたシンプルな服装、つまりは服にまで金をかけられる余裕がない人達であったりしている。漫画でしか見ないような継ぎ接ぎのズボンをはいている者までいた。

 俺のように一年以上遅れて入って来た者は、学年の約半分を占める。しかし中浪ではなく、俺と同じように一度別の高校に通っていたが訳あってここに入学してきた者が大半のようだ。俺は自分以外に学歴のレールから外れた者がいることに関して安心感と不快感の両方を覚えた。勉強に追いつけなかった人間が他にもいたという思いと、そんなことで一安心している自分に対する禁圧の気持ちが交じり合った想いが交じり合った複雑な気持ちだ。それ以外の人間では、二十代のシングルマザーであったり、ある会社の社長であったり、地方劇団員をやっている人であったり。また、入学式以来学校に来てなかったので直接は聞けなかったが、とあるタレントも入学しているとのことだ。そしてそのタレントの名前を聞くと、本当に俺が持っている雑誌にもそれなりの大きさで名前や顔写真が載っているような芸能人なので驚いた。何とか接触し、うまくやればそのタレント(H・Tというイニシャル)と仲良くなれるかもしれない。自分自身が芸能界入りしてタレント業をやるのにも興味があるし、それでなくてもH・Tと友人だと周りの人間に言えば俺の株も上がる。目をつけておいて損はない。

 無論俺が高校に入りなおした目的は、新しい輝く人生を送るために、いいきっかけを作ることだ。ただし高校側はそれを用意したりはしてくれない。肝心なのは積極的に交友関係を広げることだ。アイドルでも音楽業界でもいい。とにかく俺が目立って生き生き出来るような世界に精通している人間を探すことだ。それが難しいならそのような人間でなくてもよい。共にそういったビッグになれるパートナーが見つかれば、俺の今後の人生は明るいと言える。

 芸能人には程遠いが、俺のパートナーにふさわしいような人間ならすぐに見つかった。

 そいつの名前はS。Sは趣味でギターを中学生の頃からやっており、作曲を趣味にしているらしい。定時制高校にやってきた理由も高校ならどこ行っても同じといった非常に簡素なもの。中学から入っているので実質俺の1コ下。にもかかわらず、奴は最初から俺にタメ口で聞いてきた。

「長塚はどうしてこの高校に入りなおしたの?」

 いろんな人間に質問してばかりの俺だったが、こちらにも質問してくれたのは、Sが初めてだった。よし気に入った。俺は言う。

「アインシュタインが言うように、十八歳になるまでに偏見のコレクションを集めたいんだよ。いっぱいいろんなことがやりたくて」

 俺は実際何をやりたかったのか漠然としか考えていなかったが、今決めた、本当にこの時点で決めた。

「一緒にバンド活動しないか?」


 その日、川崎市の郊外にあるSの実家にお邪魔したとき、俺はSがパソコンで作曲、打ち込みをした音楽を聴いた。

 残念ながらSの自作曲のコレクションの中に魂を震えさすようなナンバーは存在していなかった。まあ奴自身が言うには修行中の身だとのこと。俺もまたあらゆる意味で修業中だ。このくらいは仕方ない。

 そして、何とか俺がボーカルでSがギターというポジションで、ライブ活動が出来ないかと相談してみたのだ。Sは、

「ライブなんか俺も出たことないからな。お互い初心者でどこまでいけるかって言う話だろ、まず」

 確かにその通りだ。俺は提案してみた。

「文化祭とかは?」

「だな。まずはそういったところから入っていくことになるだろうな。ところで長塚。お前コードってわかる?」

「わかる、メジャーとかマイナーとかC調とかだろ」

「違う、俺が言いたいのはそういう知識から楽器を弾くまでの一連の作業が出来るかってことだよ」

 ぐうの音も出なかった。俺はボーカルだからそういった音楽の知識なんか、さわり程度でいいもんだと思っていたが、確かに本格的に音楽をやるつもりなら生半可な知識じゃお荷物扱いだ。それに――これも今気付いたことだが――「音楽のことよくわからないけど歌いたい」なんて奴はこの世にごまんといる。そういう奴らの中で如何に自分が素晴らしい“音”を出せるか、演奏力、芸術表現の方法、個性をうまく出せるか。考えてみれば俺は自分が目立つことばかり考えていてそういう肝となる部分を完全に軽視していた。

「まあでも、はじめからうまく演奏できるわけじゃなし、お前の言うとおり最初は文化祭で披露すればいいんじゃないの? ロックだったら、それまでにあと二人メンバー集めて、定期的に練習して。それでいいじゃん」

 俺は口をつぐんだ。有名になるには時間がかかる。その中でどんなふうに力をつけていけばいいのか、そして魅せればいいのか。最終的に業界の人に見てもらってプロになれるか。俺は頭の中で、Sの部屋のシンセサイザーやギターや音楽雑誌などを見ながらビッグになる為の道程をイメージしようとしてみた。が、正直明るいビジョンが見えてこない。これまでやってきた筋トレや、自分に合う髪型を探すといった単なる自己研鑽は、根気よく続ければいずれは実を結ぶことが多い。しかし自己満足のレベルに収まらず誰かに良い評価をもらう。これが何と難しいことか! もちろんそんなことは中学の頃の生徒会の選挙、いや、それ以前に親からどう思われるかということばかり考えていた幼少の頃から、困難であることは自覚していたはずなのだ。それが今になってまた本気で考えなければならない時がくるとは。まあ自分で選んだ道なんだが。

 Sはしばらくしてから言った。

「長塚はさ、本気で歌うのが好きでボーカルやりたいの?」

 俺は咄嗟に「もちろん」と反射的に答えた。すると奴は

「ふ~ん、それなら俺もお前の横でギターを弾くのに専念できそうだな。ただ目立ちたいがためにバンドやろうとか思ってたんなら、今までの話全部なかったことにするつもりだったよ。それは俺がそういうシャバイ野郎が許せないとかそんな理由じゃなくてな。単純に俺はボーカルをたてる事が出来るようなすごい演奏が出来るわけじゃないし、作曲の腕も聴いての通りだ。ただ大勢の前で歌いたいだけなら他をあたった方が絶対早いしね」

 Sのその言葉は、それじゃあ奴自信は本気で音楽をやっているのかと逆に聞き返したくなるような微妙な内容のものだった。自分の音楽の腕は悪いが、本気になって歌えるボーカリストが横にいれば自分もまた本気になれる、という意味でとっていいんだろうか。だがそれなら俺としても特に問題ない。ここから音楽を二人で練習しまくり、メンバーを集めて、小さなライブから少しずつこなしていき、いつか敏腕プロデューサーの眼鏡にかなうようなバンドマンになれば俺の夢は叶う。


 定時制高校には軽音楽部が存在していたが、女子しかいなかった。その中にはさっき言ったシングルマザーの人まで混じっている。母親やっている人が部活にうつつを抜かしているヒマがあるのかと突っ込みたかったが、そんなことは別にどうでもよかった。

 バンド活動を始めたいのだがわからないことだらけなので見学をさせてほしい、と俺とSが言って、その部活の活動を実際に見せてもらったのだ。メンバーは十人だが、実際に音楽を演奏できるのは五人だけ。残りの五人はイベントなどのときにアシスタントをしている、要するに雑用係らしい。そしてその内容もロックとは程遠い、コーラスを交えたカバー演奏など。主に小室哲也がプロデュースしている女性ボーカルを歌ったりしている。

 軽音楽部の五人の演奏が終わった後、寄り道だったな、と俺は思った、おそらくSも同時にそう思った。正直言って俺らがやる音楽とは方向性が違う上に、所々魅せるような面はあったものの、腕前もプロとは程遠い。見学させてもらっておいて悪いけど、聴いた所で何かを得られたというものではなかった。

 その時、そこの部長と思しき女子が俺たちに声をかけてきた。演奏ではキーボードを担当していて、技量もこの中では一番光っていた上級生だ。

「あなた達の期待には添えなかったかしら? まあ男の子達がやるロックじゃ参考にはならないわよね」

 自分らの気持ちを見透かしたかのような言い方だったが、特に言い訳する気持ちももたなかった。しかし、

「ねえ、そこ、長塚君だっけ? あなたの今の気持ち言い表してみようかしら? 『何とか楽して音楽のプロになりたい』」

 さすがにそこまで邪推されるとムッとした。いくらなんでも楽してプロになりたいなどとは思っていないし、今回の見学もバンド演奏についてわからないことが多いから参考にしたいと思ってきただけだ。それなのに、何故この先輩の女は。

「顔に書いてあるのよ。自分には才能がある、今はそれを認めてくれる人がいないだけだって。というか、音楽じゃなくても自分は何かの才能があって華々しい世界に入れるんだって思い込んでる。私この高校に入って四年経つし、ついでにここの部長も四年やってるから、その間にいろんな人と出会ってきた。実際にプロの芸能人やミュージシャンと話をしたこともあったわよ。だからって偉そうに上の立場でモノを言う訳じゃないけど、あなたのような子、最近すごく多いから、私からいろいろ耳の痛いアドバイスをしてあげるわ。才能のある人は全員といっていいほどこの学校に来る前に既に何らかの実績を残しているし、何より時間の使い方が上手い。こんなところに来て意見を仰ぐなんてそんな悠長なことしてる暇があるなら練習でもしている。

 長塚君。成功している人はみんなその人にしかない何かを持っている。音楽で言えば演奏や歌声がプロ級なのは当然として、それに加えて自分の個性を存分に引き立ててる。成功したミュージシャンはしていない人とあきらかに違う、もちろんあなた達のような人とも。もちろんここに通ってる芸能人やミュージシャン以外にも同じことが言える。一般人がよく「プロ並の○○」と言う比喩の仕方をするけれど、本当のプロとアマチュアの違いって、その私がさっき言った個性にあたるものだと思ってる。だから要するに私が言いたいことは何かって? まず死ぬほど練習なさい。長塚君は歌を、S君はギターを。基本的な部分を身につけていない人間の個性なんて誰も聞いちゃくれないわよ。あなた達はまず、バンドを組むと決めた時から、一分一秒の時間を惜しんで練習をしなければならなかった。私達のやり方を参考にして自分らは美味しい思いをする、とか、そう思っていたでしょう。少なくとも音楽にはそんな抜け道もなければ近道もない!」 

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