家畜 第6話

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 試験は学力、作文、面接と全方位に渡っていた。が、一度偏差値の高い高校に入学していた俺にとってこの程度の試験など朝飯前だ。

 俺は2月の都内の定時制高校の入学試験を受け、難なく合格した。と言っても知らせたくなるような奴が誰もいない。中学までの友人とは縁を切ると決めたところだし、両親も二度目の、それも偏差値の低い高校への入学と言うことであまり歓迎してくれなかった。あったとしたらせいぜいズウーによる「おめでとう、よかったね」というおべっか。まあ今はこんなのでも悪い気はしない。それより何より、俺はここから新たに輝くことに決めたのだから。親にも支配されない、俺の新しい人生はこれからだ。

 さて、ここで本来なら16歳で新たに定時制高校に入るころの話もちろんするのだが、前の高校に入ってから今に至るまで家族に迷惑をかけていたことを告白せねばなるまい。

 まず家庭内暴力。これは弟以外にもかなりふるってきた。具体的には俺が将来の不安や自分自身への葛藤などが原因で母親の小言がトリガーとなって、乱闘になったり。そういうときは相手も本気で俺に強く攻撃してきた。きっと最初にたった半年足らずで高校を辞めてそれからどうしようか母親も悩んでいたのだろう、それがヒステリーと同時に力任せで息子の暴力に応戦したのだ。そして取っ組み合いの喧嘩となる。どっちかがヒートダウンして喧嘩が収まると、泣きながらお互い自分のフラストレーションの吐露を始める。

「俺だってどうしていいのかわかんねえんだよ!」

「それはこっちの台詞よ! 高校辞めてバイトと家でプラプラしてあんたどうするつもりでいるの!」

「お前らのために勉強とか習い事とかやってきたんだろうがよ! そんで人生のレール辿るのに失敗したら癇癪起こして俺に当り散らすのかよ!」

「当り散らしているのはあんたでしょう!大体勉強は自分のためにやるためのものでしょ! 人のせいにするんじゃない!」

 そしてまたお互い激しい口論や暴力の火花がとぶ。母親の首をしめたり、蹴りを入れたりもする。

 このパターンは主に父親がいないとき。いるときはこの相手が父親に代わり、暴力の内容もエスカレートする。お互い殴りあったりして、だいたい俺が優勢になる。普段から筋トレをやっている賜物だ。だが、そういうとき、俺は父親を打ち負かしたくてイライラしているわけではないので、ただ頭を真っ白に、顔を真っ赤にして自分の欲求不満をぶつけたりする。そんな思惑とは裏腹に、父親が怒り来るって俺の頭を殴ったとき、頭突きでカウンターして指の骨を骨折させたこともあった。

 このときまさに、酒鬼薔薇事件をはじめとして少年犯罪が社会問題として取り扱われていた時期であったが、俺をあんな小物と一緒にしてもらっては困る。だいたい家庭内暴力なんて少年院に入るかどうか微妙なくらいの行動だし、俺をこんなふうに育て上げた親にも責任があるというもんだ。第一これは家庭内暴力ではないし、百歩譲ってそう見えるとしても、俺の家族に対する復讐でもある。育児を失敗し、俺と言う人間を作った親に報復をしているのだ。

 また、それとは別に、俺のように学校を卒業後にバイトで食いつなぎながら実家に住んでいる奴を「パラサイトシングル」などというらしいが、それも新しい高校に行って何かの分野で輝くと決めた俺にはもう縁のない話だ。もし俺が高校に再入学せず、フリーターで食いつないでいるとしていたらそう呼ばれても仕方がないが、もうそんなふうには呼ばせない。

 さて、ズウーが俺の家庭内暴力(と、世間では言われることもある)自体のとばっちりを直接喰らうことは滅多にない。ズウーの場合は俺の機嫌が悪くなったりしたときに殴るということもしてはいたが、それよりただ自分より下の立場でいるということが大事であった。そしてこの際、学校の勉強の成績などはどうでもいい。俺が気にしていること、例えば友達から人気があったり、見た目を褒められたり、絵、音楽など芸術的な才能があったりすることに、奴は俺より目立つ存在であってはならない。

 ズウーに対する俺のストレス解消または俺の格好良さと奴の格好悪さの確認のための作業は、親がいない家の中で、二人でいるときに行われる。そうしないとさすがに俺の親も、最近兄弟げんかなどに干渉してきてウザくなってきているからだ。手始めにその一例を挙げると、まず俺がジャニーズを初めとした男のタレントが数多く掲載されている雑誌やカタログでそれらの顔写真の一覧が掲載されているページなどを奴に見せ、こう言う「この中で誰が一番俺に似てると思う?」

 このとき、もちろん俺の気にくわないタレントを選んだりなんかしたら「なんで? そんなに俺のこと格好悪く(または性格が悪そう)に見える?」と聞いた上で殴る。そして選び直させる。また、誰もが知っている超有名なキ○タクレベルの人間や美形すぎるアイドルでも「お世辞を聞きたいんじゃねえよ、お前テキトーに選んでんだろ」と言って鉄槌を下す。だから最初から俺の中で答えがあって、その人物を答えなければならない。生まれつき鈍臭くて勘が悪いこいつは大抵どのタレントが俺に似ているのかどうかわからずに、俺の予想していないタレントを選んだりする。あからさまに格好良いタレントを選んだりしないところをみると、さすがの奴もお世辞を言うと殴られることを知っていたのだろう。最もそんなことは関係なく、ただ単にこういう“遊び”も俺の中の奴のフットワークに入っていて、奴は逃げられない。ただ単に太らせるだけでは面白みがない。そして、俺はこう聞く。「どこが似てると思う?」すると奴は頭の中でパニックを起こしているというような怯えた顔をして「目のところが…」とか言う。そして「俺こんな目してねえだろ、本当のこと言え、誰だ」ボカリ。はい残念でした、やり直し。何回かそういうことをやってようやく、俺自身が“自分が似ていると思うジャニーズのタレント”を奴が「J・S(タレントの名前)が似てると思う」と正答すると、「な? こいつが似てると思うだろ? 俺この前友達から言われたんだ、J・Sに似てるって。って言うかお前最初からコイツが俺に似てると思っただろ、なあ?」と言うと、奴はまた恐怖で何も言い返せなくなる。「返事しろ」殴る。そして奴は実はそうでした、と怖くて嘯く。「じゃあ何で最初からJ・Sに似てるって言わなかった?」殴る。すると奴は黙る。何を言えばいいのかわからなくて。「お前さ、俺に嫉妬したからだろ。ジャニーズのタレントに似てるとかそういうこと認めたくなくて。だから最初からテキトーに選んでたんだろ」なんとなく機嫌が悪くなってきたので今度は自分の気が済むまで殴る。奴が出来ることはせいぜい我慢することくらい。親にも言わない。助けを求めようとしない性格なのか言っても頼りないと思っているのかは謎だが、とにかく俺のフットワークは口外されない。だからこそ俺も家族内だけでなく、俺の友達やズウーの学校の関わりのある人間に漏れることもない。ちなみに奴自身に対するタレント選び、つまり「ズウーは自分が誰に似てると思う?」と聞くこともある。この答えはやはり俺の中である程度決まってはいるが、少しパターンが変わることもある。まず最初にズウーは、お笑い芸人など不細工さで売っているタレントの名前を挙げる。奴は自分に自信がないためだ。そのときに「そうだよな、あいつ不細工だからお前とそっくりだよな、ガハハ」などと笑っただけでは終わりにしない。このときも「嘘付け、もっと自分のことかっけーと思ってるだろ」などと言って、もう一度言わせる、もしくはあえて、先程の格好良いタレントばかりが載っている雑誌から選ばせる。そしてその中でも、格好良いことは格好良いが、比較的一般人に近い顔立ちのタレントを奴は選んで「こいつに似てると思う…」と指すことが多い。そして「は? こいつの方がよっぽど美形じゃん。お前本当は自分のことかっけーとか思っちゃってるわけ? ナルシストだな」と言ってやり、奴のプライドをズタズタにする。そしてもう一つのパターンは、ズウーが見た目が不細工なタレントを言った時、単純に「どの辺りがそいつに似てると思う?」と執拗に聞く。そうすると奴は「目が細いところ」とか「鼻が低いところ」とか「オタクっぽい雰囲気だから」とかあえて自分でそれを言わす。そういうプライドの傷つけ方もあったりする。

 他にも、まるで子供かとつっこまれそうだが、自分の部屋の柱に自分の身長の高さを記したりもしていて、その身長計測にズウーも当然参加させていた。俺は175cmで奴は166cm程度だが、自分とズウーの見た目の違いをそういうところでもコンプレックスを感じさせてやった方が、より自分への格好良さが際立つ。自分の身長を測るときは、自分でその柱に背を向けて立って頭に下敷きか何かを使っててっぺんに並行したところに手で抑えた後、その押さえた部分をマジックインキか何かで印す。そして巻尺で下からその印した跡を測る。しかしズウーの場合は俺がやる。奴を柱の背に沿って立たせたあと「もっとあごを引け」「背伸びすんな」といちゃもんをつけてひっぱたきながら身長を計測する。当然奴にとってはやりたくもない測定だろうが、俺が決めたことなのだから反抗することは許されない。

 食事計画に関しても当然、俺が4月から学校に行ってから好き勝手やられてせっかく80キロまで太らせたところを痩せられても困るので、無理矢理似非ダイエット計画につき合わせたり、飯を食わせたりする。

 奴は以前に俺が自分のことを太らせていると母親にチクったが、もうそんなことは言わない。先述の通り、これ以上母親を頼っても無意味だと悟ったのだろう。だからもう奴には味方は誰もいない。だから、例えズウーが俺が自分のことを太らせるているとわかっていても奴は俺が命じれば食わなければならないし、痩せてもいけない。そういう強迫観念を植え付けるのだ。

 そのために「お前ダイエットしたいと思ってないんだろ? だったら普通におやつとか油モンとか食えるよな? 逆にダイエットしたいと思ってるなら俺に言ってみろ」

 当然奴はダイエットしたくない、と言う、と言うか、言わせる。ダイエットさせるなど当然あり得ない。最も奴は運動や体育に苦手意識を持っていてダイエットなど本心でしたくないと思っていた可能性も高いが。自分に自信がない性格が災いして、それが俺のストレス解消から自分の格好良さのための踏み台というあらゆることに対する俺の格好のターゲットとなっているは間違いない。

 こんな人間だから、きっと何か障害とかもっているのだろうと、俺は推測してみる。それだったらたとえ俺に殴られたり太らされたり、そんなことをされたりしなくても、ろくな人生を送ってこないだろう。むしろ俺のおかげで我慢する力がついているであろうから、大人になっても感謝するべきである。ズウーは。 

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