家畜 第8話
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「おいズウー!」
くそイラつく。
こういうときはストレスを発散させるに限る。
俺は自分の部屋から、台所で歯を磨き終わってもう寝ようとしていたズウーを大声で呼び出す。
扉を開けて入ってきたズウーは、怯えたような表情でこちらの目も合わさず入ってきた。「扉閉めろ」俺が命令すると奴は戸を閉め、こっちに向かって立った。
身長は166cmのままで体重は95キロ。中学一年生の時まだ標準体重だったので、如何に俺が太らせるのに成功したかわかる。
だが、これからはそれだけでは駄目だ。今年から始めたように、俺と奴が芸能人の誰に似ているか、とか中学でちゃんと不細工扱いされているかどうか、そういうことまで徹底して奴を貶めないと太らせた意味がない。
手始めに俺はこう聞く。
「お前学校でいじめられてるだろ」
ズウーは「ううん」と首を振る。
「嘘つけ、最近お前表情が暗いからな。クラス替えしたときに一年の頃仲良かった奴とも離れたんだろ。母さんから聞いた」
表情が暗いのは当然俺のせいだろうけれど、クラス替えしてそれまでの友人と離れたということは本当に母親から聞いた話だった。それで実際に奴が新しい環境に順応できているのかどうかは知らないが、不良にケチつけられたりするくらいのことはされているだろう。俺はそこを指摘した。
「お前の学校で不良がいてそいつになんて言われてる?」
そこでズウーは、俯きながら
「デブとか……豚とか」
ビンゴ。これで不細工とまでその不良くんが言ってくれていれば尚良し。
「それで殴られたりすんのか」
この質問自体はどうでもいい内容だが、一応兄として心配してやるフリをする。
「殴られたりはしないけど……ちょっと小突かれる程度で」
本当にどうでもいい答えが帰ってきた。まあとりあえず今のズウーが学校でもあまり良い人間関係を結べていないことは事実のようだ。それだけわかればよろしい。でもここで帰しちゃうんじゃつまらないから、更にこんなことを聞いてみる。
「例えば芸人の誰々に似てるとか、言われたことあんだろお前」
ズウーは否定して
「それはないけど」
と言う。相変わらず空気の読めない男だ。
「じゃあ自分では誰に似てると思う?」
「……○○(不細工なお笑い芸人の名前)」
「ふ~ん。でも自分でそう思ってるってことはやっぱり誰かに言われたことあんだろ? なあ」
「ううん……ない」
「いや、本当の事言え」
目を合わせないズウーに対して執拗に攻め立てる。
「っつーか、人が話してるんだろ。何ださっきからその態度、ぶん殴るよ?」
それで奴は慌てた表情をした。本当に面白い。俺は怒った顔をしつつ本当にぶん殴った。右手で顔面を。これで奴の顔に痣でも出来ればより不細工な顔が映える。
「もう一度聞く、クラスメイトから何て言われてる? ○○に似てるって言われてるよな?」
「……はい」
「はい、じゃねーよ。わざとらしーんだよ。そんなに自分が被害者面して何がしたい?」
再びぶん殴る。今度は何度も。出来るだけ顔を狙って。それですっきりしたから、少し優しい言葉をかけてやり、奴を安心させ、そして「もう行っていいぞ」と言い、奴を自分の部屋に帰すことを許す。ついでに、奴の睡眠時間を減らし、身長を伸ばすのを阻止する目的もある。
親が無駄にカップラーメンなどの即席飯を買ってくるので、奴を夜食で油付けにするのは簡単だ。奴には、「ダイエットと健康のために、逆に食べろ。夜食を抜くな」という約束を交わさせている。俺は自分の部屋のテーブルの上からカップラーメンを取り出し、言った。
「おい、お前ダイエットしてないって言ってたよな? 何で俺がこの前Sの家に泊まりこみで帰って来なかったとき夜食抜いた?」
ズウーは恐怖で「あー」とか「うー」とかしか言えなかった。
「はっきり喋れ!」
その場でボコボコにする。やはり顔を中心に。アッパー、フック、ストレート、あーキモチ良い。本当にこの家の親は何をやっているんだろう、と、加害者の俺が突っ込みを入れたくなるくらい放任している(ちなみにそんな親は今、自分らの室内でテレビをつけながら寝ている)。気付いたらさすがに止めようとはするが、それでも俺が殴る対象が親に変わるだけ。もちろんズウーの方が殴りやすいので極力気付かれないように自分の部屋に連れ込んで殴るのだが。
「お前もう嘘つかないって言ってたよな?」
「……はい、ごめんなさい」
「次嘘ついたらどうする?」
「………」
奴は恐怖で何も喋れない。俺は捲し立てる
「そうだ、罰金ね。いくらにしようかな」
俺は考えて
「十万円。今度ダイエットしてないって言ってた癖に飯抜いたら罰金十万円ね。今から証文作るから」
俺は持っていた大学ノートのページを一枚破き取り、以下のような文章を書いた。
(私、長塚光二はダイエットをして見栄を張ったりして人に不快な行動をとったり嘘をついたりしません。違反したら金十万円を長塚一郎に支払います)
そして朱肉を取り出し
「これに人差し指つけて拇印を押せ」
奴は泣きながらそれに従った。これで奴はもう夜食を食べることから逃れられない。家にあるものを何でもいいから食わせる。なけりゃ小遣いを使い買わせる。
そう、俺はもうスーパーでのバイトを定時制高校を入ったときを境に辞めたので、もう廃棄の食品を持ち帰ることは出来ないのだ。だから暇さえあれば奴を監視している。とは言え、俺の高校は夕方五時から九時までで、普通の中学に通うズウーとは時間がずれるので、このような証文を書かせたとも言える。少しでも目を離した隙に食料を食わせるのを止めさせない為。
無論俺はこの晩もまた、ズウーにカップラーメンを食わすのを忘れなかった。カロリーは427。なるほど「死にな」だ。このまま太って俺の踏み台になるか、その上で用が済んだら殺処分されるか。家畜として生まれたのだから任務は全うしてもらわなければならない。
新しいバイト先はなかなか決まらなかった。Sとのバンドの練習時間と学校の兼ね合いがなかなか難しかったからだ。
それにあの軽音楽部の部長の一言。言われた内容について腹が立ったと言うよりは、自分の心を見透かしてますよ、といった態度に怒髪天を衝かれた。その怒りのボルテージは家に帰るまでとっておいて、ズウーにぶつければいいのだが、しかし、言われた内容に関しては痛いところをつかれたと思う。結局あのあと、俺とSは礼を言って軽音楽部の部室を後にしたのだが、二人で帰る際お互い何も喋らずに帰っていった。だが翌日、学校で「本格的にバンドやろうぜ、あいつらに負けないくらい」というSの誘いがあったので、もちろんそれに俺はノッた。あいつらとはもちろん軽音楽部の連中のことで、奴らの鼻をあかしてやるのが今年の文化祭の目的――ではなかった、俺らの日の出としてそれ以降どんどん活動をしていき、プロのミュージシャンを目指すのだ。その為には、死ぬほど練習しなといけない。
まず、Sの持ち歌ではちょっと合わせるのが難しい(というか、あまりそれらの曲をいい曲だと思えないので、どうにもモチベーションが上がらない、もちろんS自身も)ので、某有名パンクバンドのカバーをすることにした。その為にSはギターを、俺はボーカルをカラオケ店で練習しまくった。本当はスタジオとか使いたかったが、たった二人だとコスト対効果の面であまりよろしくないので、コードと歌詞をひたすら覚えて、合わせる。
次にメンバー集めだ。ウチのクラスで暇そうにしていて尚且つ音楽経験のある奴を探すのは手間なため、Sの知り合いで誰か音楽が出来そうな奴を見つけてもらう。幸い二人くらいなら心当たりがあるとのことなので、練習と並行してベースとドラムの出来る人間を探してもらうことにした。
現在六月。文化祭まであと四ヵ月というところで、時間的にもそろそろ決めたいと思った矢先、Sの同中だった奴二人が、ある日俺の前にSに連れられてやってきた。
一人はベースだけでなく、ドラムもシンセも出来るという頼もしい奴で、顔はズウーの似ているデブ芸人の相方にそっくりな、ひょうきんな容姿の奴だった。全日制の高校に通っている為なかなか時間を合わせることは難しいが、土日などを使って練習と音あわせをする計画をたてることで解決した。そいつの名前はNといい、自分もちょうどバンドを組みたかったとのことなので、快くウチのメンバーになってくれた。
もう一人は、中卒で印刷会社に勤めている、ジャズギターを周に一回習っているという男。俺とタメで、名前はHという奴で、なんとなく雰囲気がオタクっぽい奴だった。礼儀正しくないというわけではないが、人前で音楽をやったことはない、だが将来は音楽で食って生きたいという野望の持ち主で、俺はそいつのことも歓迎した。人前で音楽をやったことのないのは俺もSも同じなので大丈夫だ、と言ってやったら、だから心配なんですよ、と言い返してきたちょっと生意気な奴でもあったが。
とりあえず俺がボーカルでSがギター、Nはベースのつもりでメンバーに加入したのだが、Hがドラムをやったことがない、と言うので、苦肉の策としてNにドラム、Hにベースをやらせることにした。そして四人揃った今、今度はカラオケ店などではなく、ちゃんとした都内の音楽スタジオで、パンクバンドのカバーを練習し、合わせた。
(作者の都合により断筆)
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