くまと憎いあンちくしょう
毎年この時期になると疼きやがる。
あのクソ野郎……憎いあンちくしょうにつけられた傷が。
高校の頃だった。奴は雑魚の分際でいつもオレに喧嘩を吹っかけてきやがった。その度にオレは奴の土手っ腹に蹴りを食らわして、更にボコボコにしてやった。
それでもあいつは毎日毎日、ゴキブリみてぇにしぶとく因縁をつけては喧嘩を挑んできやがった。身の程知らずも甚だしいが、オレとしても奴をボコることによって、ストレス解消になっていた節もあった。
17になろうとしたその頃、同級生だったオレはそいつと雁首並べて少年鑑別所送りよ。普段から素行が悪すぎて何が逮捕の決定打になったのか知らねーけど、とりあえずオレ達は1年間獄中で臭い飯を食う羽目になった。
そこでも奴はいちいちオレに喧嘩をふっかけてきやがった。その度にボコボコにしてやったけど、奴は不死鳥の血でも飲んでやがんのか、毎日立ち直っては殴りかかってきやがる。舐めてやがんぜ、弱えーくせによ。
そう、あの日も。
少年鑑別所の楽しみと言えば、20時から1時間だけ見られるテレビだ。そしてその時間、一番その至福にあずかれたのは、他でもないこのオレだ。なぜかと言うと、チャンネル権がいつもオレ一人だけにあったからだ。
カンカンの連中っつーと、とんでもねぇワルばっか集まって喧嘩も強えぇ集団、なんて思われてっかもしんねーけど、あいつら全然大したことねぇ。あンちくしょう以外の奴らとも全員喧嘩したことあっけど、片手のハンデやってやっても負けたことがない。本当だぜ。
その日、全員がテレビの前で集まってる最中、いつものようにリモコンを手にとってチャンネルを変えようとした。ま、トップの特権ってヤツだ、誰も文句は言わなかった。
ただ一人、あンちくしょうを除いては。
頭にギョウ虫でも湧き始めたのか、どこから取り出してきやがったか、あろうことかナイフをこっちに突きつけてきやがった。
なんでも
「『HEY!HEY!HEY!』にモー娘。がでるからチャンネル変えろ」
だとよ。
裏番組の水戸黄門オタクのこのオレに対して随分大したご挨拶だな、と思い、オレはそいつの土手っ腹に蹴りをいれてやった。
そこまでは良かったんだけどよ……
翻筋斗打って倒れそうになる直前、あいつはナイフを真正面、つまりオレ目がけて投げつけてきやがった。ただ手からすっぽ抜けただけだと思うが、オレは顔面に擦り傷を負った。
奴はというと、オレのキックがいつもより急所に入ったのか、一撃で気絶した。だが事故だろうが故意だろうが、オレの顔面にナイフを当てたことは許さねぇ。そのまま一生目覚めないように両手の関節を鳴らし、とどめを刺す準備をした。
そしたらその瞬間。
テレビから、オレが黄門様の次に尊敬するカクさんの声で、オレにこう呼びかけたようだった。
「静まれっ!悪党め!」
何故だか知らないが、オレは狼狽した。
(……なに?このオレが悪党?)
続いて黄門様が、こう話された。
「人の上に立ち、力を握った者は、ともすればその力がなんであるかを忘れ、その力のみに執着する。それが間違いの元じゃ。力は国のため、民のために使うもの。己のためだけに使うものではない」
その黄門様のセリフを聞いて、オレは手を止めた。
悪代官に対して述べられてあるはずのセリフは、完全にオレの耳に届けているかのようだった。
そして、その瞬間、気づいた。
所詮オレはお山の大将だってことにナ……
それからというものオレは丸くなった、と、よく周りから言われるようになった。
そして残っていた刑期も終え、今は真面目に暮らしている。あンちくしょうもあの後病院に運ばれ入院したまま、そのままシャバの空気を拝み、どこかへと去っていった。
オレは、あの時の黄門様なセリフが忘れられなくて、今はもう全然喧嘩をしていない。
ありがとよスケさん、カクさん、そして黄門様……
オレを真人間にしてくれて、よ。。
だが
あの憎いあンちくしょうだけはやっぱり許せねぇ。
あん時も毎日蹴りいれてボコにしてやってたけど、あと百億万発はいれてやらねぇとな。
おしまい
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