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今日の本 昨日の雨



遠くの路を人が時時通る
影は蟻のやうに小さい
私は蟻だと思つて眺める
幼い児が泣いた眼で見るやうに
それをぼんやり考へてゐる



四月

起きもしない
外はまばゆい
何だか静かに
失はれてゆく



眺望

それは眺めるために
山にかかつてゐたが
はるか向うに家があるなど
考へてゐると
もう消えてしまつたまつ白のうす雲だ



遅春

まどろんでゐると
屋根に葉が揺れてゐた
その音は微けく
もう考えるすべもなかつた









青空

うつろにふかき
ながまなこ
ただきはみなくひろがりて
かなしむものをかなしくす

『昨日の雨』   原民喜



おくれてふるものと、
おくれてくるもの。
雨後ままならぬ
見境みさかいのうつしみ。
ぼんやり、はるか、まどろみ、うつろに、
考えるにもおくれる、
昨日の雨のごと、
ふるものとくるものと、すべてが
ことごとく遠くにある
今日の景色。




おぼろ夜のかたまりとしてものおもふ

加藤楸邨


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