中也と雨の中、バッドトリップは女房の手の中
夏の夜の博覧会は、哀しからずや
中原中也
なかば照れくさい言葉たちに乗せて、
乗せられて、うわついて、
誰かに伝えたくなるような、
あの子からもらったラブレター。
書き損じだらけの便箋、
鼻息にペンを押しやるブサイク、上唇、
シワクチャの反故ひろげ、
手慰みに折る紙飛行機、ペン先、
軌道を自在に操れるふざけた指先、
うわのそらに遊ばせながらも、
あの子を喜ばせるための
ドンピシャの返信と、
ここちよいフライトと、
なめらかな着陸と、
力んで望むまでもなく、なんとなく、
どこかで心得てしまっているような、
後頭部の軽み、疑いを容れぬ乗組員、
支える組み手と手のひら
そのはたらき、甲斐のなさ、
生きるこのよ、耐えがたいほどの軽さ、
わらいながら、あざけりながら、
見上げる天井が空を透かしているような、
そんな心持ちになっている。
…なってありぬ、か。
かなしからずや、か。
東の軒を打つ、雨の音がきこえる。
…きこえてありぬ。今か昔か…
坊や、眺めてありぬ、
雨の広小路に出でぬ、
髪毛雨に打たれつ、見てありぬ、
水の中にて最も大なるものもまた
打たれつつ、しわだらけの水面また、
われみたり、われをみたり。
みなをうつしたり。
坊やの知るみなをうつして、なにをみたり。
ひとり、みあげり、雨雨、つつと瞳刺し、
つむるまぶた、雨庇、濡幕は降り
例の旋回せる紙飛行機にのりぬ。
萎れ、重たし広げた紙の両の手が
感じるは風ならね、明日ならね、
雨雨雨、雨、雨…
うたれ、音のない下降線、
インクがにじむぬかるみに
不時着する紙飛行機、かなしからずや。
坊や、濡れてありぬ、
濡れた紙飛行機を、見つめてありぬ。
あの子、坊やに恋しぬ、
手を引きて歩きて、袋小路にわらいぬ。
あの子、女になりぬ、女房になりぬ、
かなしからずや。
空に吐く唾、かなしからずや。
夏の夜の博覧会は、脱兎のおもちゃ。
「雨ちよと降りて、やがてもあがりぬ」
それは女房の言葉。
坊やの弛れた両翼は、
たよりなき庇になりてありぬ。
かなしからずや。