昭和10年発行/温い冬の家庭料理
サクサク順調に料理本を紹介していった私のマガジン「まるのつかない日は料理本デー」が停滞してから、すでに3ヶ月近くが経過しております。申し訳ない。しかしこの度やっとその理由がわかったので、状況を説明しつつ、先へ進もうかと思います。お待たせしました。
私は文章を「読んでいる」のではなく「見ている」のだと思う。そして字面がパッと見えないことに、ひどく弱い。いい例が飲食店のメニューだ。特にテーブルにひとつしかメニューがなく、連れと向かい合わせで座っている場合、相手が先にメニューを見始めたらもうアウトだ。しばらくはメニューを検討することができない。
なぜかというと、逆さまの文字が読めないからだ。読めないというより、文字として認識できないと言った方がいいかもしれない。たまに「一緒にメニュー見よう?」と2人の真ん中にメニューを置き、お互いが90度に首を傾げて見るようにしてくれる場合もあるが、それとて同じ。横からの文字も、私には読むことができないのだ。
また素晴らしい達筆や、愉快な悪筆も同じく読むことができない。街を歩いていて「わ、オシャレな店ができてる! どんなメニュー出してるんだろ」と近寄った先にあるスタッフ手書きのランチメニュー表などドキドキする。どう推理しても値段すら分からないこともあるからだ。「くるり」ってなんだ、唐突にバンドの話か? と思ったら「例」だったこともある。
本書に関して言えば、印刷物であるからちゃんとした活字であって悪筆ではない。そして漢字だけならまだいつものように、パッと見ただけで読み進めることができなくもない。字が小さいとか、ページの色合いが目に優しくないとかはあるけど、読めなくはない。
ただ、旧仮名遣いのふりがなが激しく邪魔をするのだ。自分が思う読みと違う文字が隣にあるだけで脳がいちいち戸惑う。「雑炊」の横に「ざふすゐ」とあるだけで、いちいち突っかかる。熱湯(ねつたう)、醤油(しやうゆ)、砂糖(さたう)一合(いちがふ)、その都度、その都度、立ち止まってしまう。ちなみにホウボウは「はうぼう」である。横書きだと右から書かれているので「うぼうは」である。ぱっと見「ウハウハ」である。他にも「びはあ」や「りさあ」などあって、すんなり読むことができない。なので面白いことを探せない。それが停滞の原因だ。
さらにこの本には、古い白粉の香りが染み込みすぎている。おそらく化粧品やら着物やらと同じタンスにしまわれていたのだろう。おばあちゃんの大事箱に入っていたのだろう。だがそのせいで、ページをめくるたびに女の怨念がふわりふわりと鼻先をかすめ、六条御息所に呪われているような気持ちになってしまうのである。妄想しすぎだとは思うが、かなり苦手な匂いなのだ。そんなこんなで本を手に取ることすら億劫になっていった。
とりあえず、書いたところまで公開してみよう。ちょっと試しに読んでみてくれたら嬉しい。
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古本屋といっても神保町などでなければ、そうそう古い本は置いてない。特に料理本ともなると、時代との親和性が高すぎるせいか、はたまた「使えば汚れる」特性ゆえ値段がつかないせいか、ほとんどがこの20年くらいのもので、昭和の本ですらあまり見かけることはない。
だがたまに、ギョッとするくらい古い本が売られていることもある。それらは今夜のおかずのヒントにはならないかもしれないが、歴史の資料として見ると実に素晴らしい。本書もそのひとつ。古い料理本をゆるゆる集めている私の所蔵品の中で、もっとも古い「昭和10年刊行・婦人倶楽部十二月号」の付録である。
昭和10年とは、どういう日々だったのか。
それはアドルフヒトラーとナチスが日常生活の中でも「ハイル・ヒトラー」と挨拶することを義務化し、日本が大日本帝国と名乗るようになった年である。つまりめっちゃヤバい感じの世界だ。もちろん女子に選挙権は無い。ちなみに渋谷のハチ公さんはこの年に亡くなった。R.I.P.
そんな時代背景ではあるが、世間はまだ「美味しいものを食べたい、作りたい」を口に出しても許されていたようだ。本書は写真こそないが、なんともかわいらしいタッチのイラストで和洋中の料理を紹介しており、レシピ内に「クリーム」「アップル」「プディング」など英語も使われている。敵国の言葉として排除される前ということだ。
付録ということもあり、非常に薄い。ページ数は80Pしかない。だがそこに盛りに盛ったり、230種の料理が並ぶ。しかもレシピだけでなく、ページの上部には魚、野菜、乾物、海藻に練り製品などの素材図鑑がずらりと並び、それぞれの旬と、どういった料理に向くのかの早見表まで付いていて、この薄い一冊で「家庭料理を網羅してみせる」という強い意思を感じる。
そしてなんといっても目を引くのが、執筆者である。
天皇の料理番! 秋山徳蔵!!!
そう、佐藤健くんである。いや、見栄を張った。我々の世代はマチャアキである。さんまと鹿賀丈史と壇ふみである。目黒祐樹にカツレツを食べさせてもらうのである。その秋山徳蔵ご本人が、本書にレシピを提供しているのである。
とはいえ彼が実際に提供しているレシピは、たったの5品だ。それでも執筆者の冒頭には載っているし、正直私も「秋山徳蔵が寄稿してるじゃん!」という理由で買ったことは否めない。ではその秋山徳蔵レシピを贔屓目に見ながら、他のレシピも見ていこう。
・鯵のカレー焼き
「アジ」ではない「あぢ」である。カワイイ。「ちうあぢ(中くらいの大きさのアジ)」を、カレー粉入りの小麦粉をまぶし、たっぷりのバタで焼いたもの。美味しいに決まってる。
・鯵のバタ焼き
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ハイ、ここで絶筆。
次回はもう少し現代に近寄った本をご紹介する。おっとその前に、明日は新作公開。「#まるのつく日はじろまるデー」です。ジャガイモ料理の予定。