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日本は役者を主眼に、アメリカは作品を主眼に置いて観劇するのか?

1、はじめに

俳優の丘山晴己さんが学習院大学で臨時講師として講義された内容についてのブログを読んで、日本とアメリカの演劇・観客の違いについて気になっていたことをこの機会にまとめておこうと思ってこの文章を書いています。

2.5次元ミュージカルの隆盛から見る「日本における舞台」 - 土俵際競馬愛好会

上記ブログの中で、「丘山さんの話だと、アメリカ人は「作品=演目」に主眼を置いて観劇に臨み、日本は「役者」に主眼を置いて観劇に臨むというのである。」という文章があり、この箇所について疑問を呈するツイートをいくつか見かけたので自分も調べたり考えたりしてみることにしました。
というのも私はここ数年アメリカに住み観劇を趣味にしているのですが、(日本に比べるとアメリカでは舞台俳優を目当てに観劇するのって少数派なのでは……!?)ということを考えていたからです。
ちなみに上記引用部分はアメリカと日本で活動されていた丘山さんの体感なのか、あるいは何らかの調査に基づいているのかは判断できないのでその部分は保留にして話を進めていくことをご了承ください。


2、日本の演劇とブロードウェイの客層について

実際のところを知りたければ観客は何を目当てに劇場に足を運ぶのかについての日米アンケート調査比較などを行うべきなのでしょうが(すでに先行研究があったらすみません)、見つけた範囲内のデータを引用したいと思います。
まず日本の観客の観劇の動機ですが、独立行政法人日本芸術文化振興会によるこちらの調査がありました。

鑑賞行動に関するアンケート調査(演劇)平成28年度助成事業より(PDF)


これを見ると、来場動機の一位が「出演団体ファン」で、二位が「出演者・スタッフ」でした。「企画内容」は「その他」について六位となっています。
調査対象は、「平成28年度「舞台芸術創造活動活性化事業」(文化芸術振興費補助金による助成)並びに「舞台芸術等の創造普及活動」(芸術文化振興基金による助成)に採択された演劇分野の活動のみを対象としている。」とのことなので、2.5次元舞台に関して調査をしたらもう少し違う結果になるのではないかな?と思います。(タイトル、内容を選ぶ人が増えるのではないかと思う。)というか日本で観劇するとアンケート配られますけどその中に観劇の目的がわりと項目にあった気がするので制作側はある程度データを持っているのではないかと思います。

それから丘山さんが話されていた「アメリカ」がブロードウェイのことかどうかわかりませんが、一応ブロードウェイも来場動機がわからないか調べてみました。
(アメリカの演劇イコールブロードウェイとは限らないのですがその話は後述しますね)

Research Reports
The Demographics of the Broadway Audience 2017-2018 SEASON


調査能力不足で来場動機までは見つけられませんでした、すいません。でもこの調査によると63%の観客が観光客とのことでした。この結果だけから来場動機を推測するのはすごく乱暴だとは思うんですが、私はブロードウェイのミュージカルを見に来る理由の多数は「せっかくニューヨークに来たんだから何かミュージカルを見たい」だと思うんですよね。
あと1シーズンで15回以上観劇した人は全体の5.5%しかいなかったとも書いてあります。ただしチケット売上の31%を占めるそうですが。
こんな感じでブロードウェイは観光資源としての面が強く、対して日本の演劇はブロードウェイと比べると観光資源というよりは演劇ファンが主な客層なのではないかと思います。
自分の体感や推測が多く含まれていますしこの比較が適切かどうか自信がないですが、
日本:観光客<演劇ファン
ブロードウェイ:演劇ファン<観光客
…という感じでそもそも客層が違うのではないか、そのため観劇目的も異なってくるのではないか、というのが私の仮説です。
もちろんブロードウェイ観光客の中に演劇ファンがどれくらいいるかわかりませんし、日本の演劇といっても色々で例えば劇団四季だと修学旅行生がよく来ていたり、宝塚だと旅行会社のツアーがあったりして観光の一環として訪れる人も少なくなくないと思うのであくまで推測にすぎませんが。

3、なぜ私は日本に比べるとアメリカでは舞台俳優を目当てに観劇するのが少数派だと感じるのか

とはいえこのツイートで指摘されているように、ブロードウェイもスター俳優が出演することで人気が出る演目もあると思います。私も実際に米倉涼子を見るためにシカゴのチケットをとったことがありますし、好きな俳優が出演している舞台を見るためにブロードウェイに行ったという話もけっこう聞きますよね。
それでもなお私が日本に比べるとアメリカでは舞台俳優を目当てに観劇するのが少数派だと感じるのは、以下のようなものを日本ではよく見かけるのにアメリカでは全然見ないなと思ったからです。
・ファンクラブ先行チケット販売
・キャスト先行チケット販売
・物販でのキャスト関連グッズ販売
・チラシに必ず載っているキャストの情報
・宣伝ビジュアルもキャストの写真を起用(これはブロードウェイの作品では見かける)
・出演者が今後出演する舞台のチラシの束
・チケット発売日には出演キャストが判明している(ブロードウェイだとちゃんとわかってますがそれでも予告なくアンダースタディに変更になったりするし、ブロードウェイみたいな商業演劇じゃなくて非営利の劇場だとシーズンごとに作品のラインナップが春~初夏くらいに出てシーズン通してのチケットが発売されるんですがその時点で出演者がわからないことも多いです。)
上記のようなことを実施している日本の舞台では、作り手は俳優ファンをチケットの購入者の主力とみなしていると考えてよいのではないのでしょうか。このやり方の是非はあると思いますが、私は日本ではこのような売り方をしている舞台をよく見に行っていたので、アメリカに来てから俳優ファンはあまり主な観客として想定されていないのかな?と感じるようになりました。
ちなみに2.5次元舞台になると原作掲載雑誌の先行やゲームのユーザー先行、アニメの円盤購入者先行がありますよね。これは原作ファンをチケット購入者とみなしているということだと思いますし、観客の実際の動機は調べてみないとわかりませんが制作側の商売の仕方でどんなファン(何を目的としたファン)を想定しているのか予想できるんじゃないかな、という話でした。


4、アメリカでローカルな舞台俳優を追いかけるのは難しい

ここからはさらに個人の体験の話になります。
私は現在ボストン在住で、ブロードウェイで観劇をしたことも数回ありますが基本的にはボストンエリアの舞台を見ています。ボストンエリアの演劇に限定すると50公演は見ているはずです。(以下はアメリカでの観劇メモ。)
https://privatter.net/p/2795492
https://privatter.net/p/3407942
https://privatter.net/p/3893502
https://privatter.net/p/4450442
そしてアメリカの演劇=ブロードウェイではないということを前述しましたが、ブロードウェイのような商業演劇の他にローカルな非営利の劇場(リージョナルシアター)があります。

世界の演劇-世界の劇場 アメリカ(新国立劇場HPより)

『劇場における公共性』「アメリカ・リージョナルシアターにおける公共性の発見-日本における地域演劇政策の発展のために 2」 (世田谷パブリックシアターHPより)

アメリカの商業演劇とリージョナルシアターの違いについてはこのあたりの説明がわかりやすい気がします。
私もアメリカに来るまで観劇が好きだからたくさんブロードウェイに行くぞー!と思ってたんですが、NY近辺に住んでればいいですけどそれ以外の地域で演劇ファンやろうと思ったら第一の選択肢は地域の劇場なんですよね。ブロードウェイ以外にも大きな都市には商業演劇の公演をやるような劇場があって(ボストンならボストンオペラハウスのように)ブロードウェイミュージカル自体も実はNYまで行かなくても地元で見ることができます。しかし、私が現在主に足を運んでいるのはそういった商業演劇よりもむしろローカルなリージョナルシアターの方が多くなっています。なぜならチケットが商業演劇よりもずっと安くて、ちょっと気になったら気軽に見に行けるからです。ブロードウェイ系だと1階席で見たかったら100ドル↑、200ドルを超えることもあるけどリージョナルシアターは50ドル前後で100ドルを超えるチケットはほとんどなくローカルなプレイガイドで半額で買えることも多いです。
私がよく行く劇場2つを参考のため紹介します。
Greater Boston Stage Company
Lyric Stage Company
Savannah Repertory Theatre(これは2回しか行ったことないんですがボストン以外で私が行ったことのあるジョージア州のリージョナルシアターです)

こういった劇場に足を運んでいる観客の客層は、ご年配の夫婦または女性の友達同士(あと白人が圧倒的多数です)の地元の人たちがメインです。なんで地元の人かわかるかと言うと、3で書いたようにシーズン通しチケットを買ってる人たちだからです。リージョナルシアターの説明にもあったと思うんですが、こういう劇場の意義のひとつに地域への貢献があるんですよね。とにかく地域の、地元の人たちの文化的活動のために公演をやっているわけです。夏休みや冬休みの時期には学生さんなどユース向けの教育プログラムや公演をやっていることも多いです。で、そういうシーズン通しチケット買ってる人たちは別に役者目当てじゃなくて地元の劇場だから来てるんですよね(もちろん演劇が好きなんでしょうが)。なぜならシーズン通しチケットを買う時点でキャストは不明だから……。余談ですが以前私が推しを追いかけてジョージア州の劇場に行ったときに劇場のインスタグラムに感想をリプライしたらシーズンパスの宣伝をされたので飛行機で2時間かかるところの年パス買わないよ!!!となりました。役者目当ての遠征ファンとか絶対想像してない!
で、「アメリカでローカルな舞台俳優を追いかけるのは難しい」と書きましたが実はこれは半分本当で半分間違いです。もしリージョナルシアターで見かけた役者を好きになっても、追いかけるのが難しくない場合もけっこうあると思います。それはリージョナルシアターに出演する俳優はけっこう固定されており、俳優も大体同じエリアで活動しているので同じ劇場か近くの劇場の情報を見張っていればまた見られる可能性が高いからです。(あとは頑張って俳優のSNSを見つけよう!)私の推しはGreater Boston Stage Companyで初めて見て好きになり、その後2回の公演はどちらも同じ劇場で見られています。しかしその次の公演がジョージア州だったため、私は飛行機で2時間かけて遠征をしたというわけです。推しのさらに過去の公演を調べてみると、ロードアイランド(これは頑張れば行けそう)、ケンタッキー、バーモント、ペンシルバニア……これ全部行くの!?行ける!?という感じで運がよければ好きな俳優が自分の住んでるエリアで出演してくれるかもしれないし、運が悪いと広大なアメリカ大陸を駆け回らなくてはいけないはめになります。
それからリージョナルシアターの公演はブロマイドやDVDはもちろんのことパンフレットもないので(Play Billはあるけど)、リージョナルシアターで活動している特定の役者を追いかけて回るほど好きになる確率が日本より低いのではないか?という仮説も立てています。
私は日本に住んでいた頃はいわゆる若手俳優(2.5次元舞台によく出ている感じの人たち)と小劇場の役者さんを目当てに舞台を見に行くことが多くて、とくに東京に住んでいて推しが複数いたりすると推しに会える機会はめちゃくちゃあるんですよね。そして会う機会が多くなるほど好きになるし推しも増える……というサイクルができていましたが、これをアメリカ大陸でやろうと思うとかなり大変だと思います。ブロードウェイ出演俳優を好きになってもNY近辺に住んでないとそんなに頻繁に見れないだろうし、とにかくアメリカ広すぎる。(アメリカは野球の試合もわざわざ対戦相手のホーム球場までくるファンが少数派らしいですね。遠いからね…)


この文章のタイトルである「日本は役者を主眼に、アメリカは作品を主眼に置いて観劇するのか?」については改めて検証が必要だと思いますが、一個人としてそういう傾向があると言われるのも頷けるし文化の違いとか色々あるだろうけど個人の体験に照らし合わせてこういう理由があるんじゃないかと考えてみた次第です。