「Renga No Gotoku」〜マチルダは振り返らない。
暑い。茹だるような暑さだ。
昨日まで梅雨だと思っていたのが嘘のように今朝は晴れ上がっていた。
運悪くマチルダは、午前中から屋外で撮影が控えていた。
しかも場所は神宮のキラー通り。そこでヘアースタイル雑誌の表紙の撮影だった。
もう一人のドイツ系ハーフモデルとの撮影だ。名前はなんと言ったか…全く興味がなかった。
この暑さ、なんとかならないのか。肌も焼けてしまう。モデルの仕事は頭を使わない割にギャラは悪くないが、体力勝負である。
容姿は単なる授かり物。それだけに世の中は不公平だ。マチルダにとってはありがたい限りだった。
本業が地味なのだから、良い気分転換になるのは間違いない。
カメラマンやプロデューサーからご飯に誘われることもしょっ中ある。しかし、業界自体にはあまり興味がなく、毎回断っている。
ここでも振り返らない女が定着しつつある。
ちょうどいい。
結局撮影は14時過ぎまでかかった。太陽は真上に昇り、刺すような日射しが死にそうに暑い。
「暑いね〜、このあと二人はどうするの?」
案の定カメラマンが聞いてきた。ドイツ人ハーフの何とかというモデルがマチルダを窺っている。
「この後スケジュールが埋まってまして申し訳ありません」
マチルダは即座に断った。
早くシャワーを浴びたい。
「そ、そう、じゃあ仕方ない」
アッサリ引き下がるカメラマン。
情けない。
「あ、じゃあメリンダちゃんは?」
「あ、私もダメです」
迷っていたようだがメリンダも断ったようだ。まぁどうでもいいことだった。
送って行くときかないカメラマンのハイエースで渋谷駅に降りると、マチルダは南口のロータリーから歩道橋を登り反対側へ渡った。トップスは大胆にヘソが露わになっているため、人とすれ違うたびにチラチラ見られているのがわかった。
このボディを維持するのは中々に大変である。しかし、たまに食べたいものを食べなくては頭がおかしくなってしまう。
マチルダはセルリアンタワー方向に歩道橋を降りて、少し戻りさくら坂に向かう。坂を登って左の小道を曲がったところにその店はあった。
「Renga No Gotoku」
変な名前だ。しかし、ここは元は亜寿加という排骨坦々麺が推しのラーメン屋の味を引き継いで開店した店だった。
まさか味を受け継いで復活するとは思はなかった。暑い時は辛いものがイイ。
元の店は年季の入った味のある店構えだったが、この店は今風の明るい内装だ。入ると券売機があり、"王道"とシールが貼ってある排骨坦々麺を押す。
「こちらへどうぞ」
店員に案内されカウンターに座る。
「無料のライスどうされますか?」
「え、あ、じゃあ…半分」
やってしまった炭水化物を重ねるなんて。これで暫くは夜ご飯抜きだ。しかし、最後の坦々雑炊を逃すのは愚の骨頂だ。マチルダはため息をついた。
味は本当に引き継がれているのかしら…不安がよぎる。無料の高菜が各テーブルに置いてある。程なくしてご飯が提供される。これに高菜をたっぷりかけて一口食べるマチルダ。
この高菜の味は前と変わらない。少しほっとする。
「お待ちどう様です。排骨坦々麺です」
店員が丼を置く。
来た。このビジュアルは変わらない。少し排骨が小ぶりかしら。でも、胡麻の入り具合も、青梗菜も、排骨もビジュアルは合格ね、などと頭の中で批評する。
マチルダは徐に麺を上げた。
麺も合格かしら。さて…
「ズルズルッ」
マチルダは勢いよく麺を啜り、蓮華でスープを直ぐに流し込んだ。
これは、なかなかうまく味を引き継げている。スープの辛味と胡麻の甘味が絶妙なバランス。微かに胡麻の甘みと歯応えが病みつきになる味。そして麺のつるっとした喉越しが辛めのスープに絡まって、なんとも言えない旨辛味が口の中に広がる。そして、排骨の衣がスープに浸されてべしゃべしゃになるのだが、これがまたスープの味をこれでもかという程に吸い込んで中身の豚肉とともに噛み締めるとスープが溶け出しジューシーでジャンキーな味わいを組成する。いける。
「これはまた由々しき事態だわ」
マチルダは独りごちた。
マチルダは一心不乱に麺を啜り、啜り終わると、ご飯と高菜を蓮華の上に乗せて坦々麺スープに潜らせ、一気に口に入れる。
やはりこれよね最後は。この坦々雑炊を締めに味わうのがいいのよ。マチルダの額から汗が流れて頬を伝い、尖った顎から滴り落ちる。
その光景は美しく艶やかで斜め前にいた店員と隣の客がマチルダを盗み見ていた。
マチルダは意にも介さずスープを飲み続けた。滴る汗を手で拭うと、水を飲み干ほし、席を立った。
出口でマチルダと入れ替わりに背の高い男性が入ってきて、少しぶつかる。
「あ、すいません」
「すいません」
マチルダは店を出たが、その低い声を聞いたことがある気がして一度立ち止まって店を振り返る。しかし、既に奥に入ったであろう男の姿は見えない。
「また振り返っちゃったわ」
最近少しおかしい。まさか私会いたいのかしら。マチルダは被りを振り、再び歩き出した。
「由々しき事態だわ…」
マチルダはさくら坂を下りながら再びその言葉を口にした。照りつける刺すような日射しは店を出たあとも一向に柔らぐ気配はなかった。
続く。
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Renge no Gotoku
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