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ただラーメンを食べたいだけなのに、こんなにも骨が折れるなんて 第四話 あじ庵食堂 喜多方市
伊藤洋平は、福島市のビジネスホテルにいた。洋平は普段働いているコーヒーショップから休みをもらい、東北旅行に出た。東北にはあまり馴染みがないが、なんとなく行ったところにない地域に行ってみたかった。そして、その入口となる福島まで来ていた。
昨日は福島市から相馬市まで、昔の同僚の故郷の街を訪ねていた。ただ、その同僚の家の詳しい所在地までは知らなかった。
あてもなくただ相馬の海岸を車で走ったのだった。
同僚は数年前、まだ洋平がフランスにいた頃、戦地で命を落とした。その彼の出身地が福島の相馬市だったのだ。
洋平は元傭兵だった。
実感がわかずにいた彼の死を、なんとなく受け入れられないでいたが、実際に福島に訪れたことで、ようやくリアルに感じたのだった。
喪失感が洋平の心にぽっかりと穴を開けた。
旅の本当の目的はこれだったのではと思えてならなかった。
今日、洋平は起きてから、特に当てはなかった。相馬に行ってしまうと、もう特に行くべきところが思い当たらなかった。
しかし、せっかく福島にいるのだからと、ネットで調べてみると、喜多方市という文字が目に入った。
喜びが多い。そんな街だったらどんなにいいだろうか。そんなことを考える。
喜多方…喜多方ラーメン?
まぁいいか、行ってみよう。
洋平は部屋を出てレンタカーに乗り込んだ。
福島市からは、吾妻小富士や安達太良山のふもとの山道を通り1時間半ほどの距離を走らせる。
山道に入るとすぐに背後から一台、トヨタのシーマが付いてくる。
洋平は、バックミラーでそれとなくうかがった。
リュックサックに入っているのは目眩しのスモークスプレー缶、そしてダガーナイフ。あとはマキビシだった。
飛び道具がないのが心もとないが、ここは日本だ。それを持つほうがおかしいだろう。
しばらく様子を伺う洋平。
ピッタリとついてくるシーマ。どこかのヤンキーか、チンピラか。
「ふん、少し楽しませてやるか」
洋平はヘアピンカーブの連続に差し掛かったところでアクセルを踏み込んだ。
勢いよく加速するニッサンのノート。しかし、e-POWERではたかがしれている。ただ、洋平には戦地で磨いたテクニックがあった。
グイグイと登るノート。カーブは外から内へギリギリのラインをついて回る。抜ける瞬間に踏み込み加速する。
みるみるうちにシーマを引き離す。
しかし、シーマもピッタリと追いついてくる。しかし、抜く気配はない。
洋平はサイドブレーキを引き、ドリフトを決める。タイヤが擦れる音がする。一瞬ひるむシーマ。しかし、シーマはドリフトまではしてこない。
「なんだ、合わせて来ないのか」
洋平はガッカリした。少し引き離したところで再び普通の速度に落とす。
しかし、その瞬間シーマのフロントガラスが一瞬光った気がした。
洋平は首をシートに隠れるように下げた。そしてマキビシに手を掛けた。
シーマの窓から何か光るものが落ちた。
洋平は再びアクセルを踏み込んだ。
しかし、シーマに動きはない。
「なんだ、ゴミか。焦らすなよ」
洋平はニヤリとした。
それからシーマはゆっくりと洋平のノートから距離を置き、分かれ道で他の道に消えていった。
「つまらないな」
洋平はゆっくりと登った山道を下った。
少しして、ふたたび分かれ道に差し掛かる。そこで、さっきのシーマが前に躍り出た。それも凄まじいタイヤの擦れる音を立て、ドリフトしながら曲がってきたのだ。
洋平は危うくバンパーを引っ掛けられるところだった。
「ほう、やってくれるな。いや、そう来なくっちゃな」
道はシーマと洋平のノートのみ。他に勝負を邪魔する者はいない。
洋平は、シーマの背後ピッタリに車を付けた。シーマはその馬力を生かして引き離しにかかる。ドリフトしながらヘアピンカーブを下る。
ノートはレンタカー。あまり車を傷つけたくない。
「しかし…」
洋平はヘアピンカーブの間の直線で一気に加速し、反対車線に入り、シーマの横に並ぶ。
一瞬ひるむシーマ。しかし、スモークがかかった窓で中の奴の顔は見えない。加速するノート。
そこで次のヘアピンが来る。
仕方なく減速する洋平。下がり際シーマの窓が少し空き、タバコが投げ捨てられる。すかさずドリフトを決めヘアピンを回るシーマ。同じくドリフトで付いていく洋平。そしてそのまま加速する2台。
洋平が再び反対車線に出る。その途端前から軽トラが突っ込んで来る。シーマに視界を塞がられて見えなかった。
ぶつかる!
洋平はブレーキを勢いよく踏み込む。タイヤの擦れる音がする。しかし、シーマの車体の後部が邪魔して横に入れない。
まずい!
洋平は左側に体重をかけ車の左半分を浮かそうと試みる。しかし、その瞬間シーマは急加速してノート入る隙を与える。
洋平は軽トラが突っ込む寸前で元の車線に戻る。けたたましいクラクションを鳴らしながら遠ざかる軽トラ。
「貸しができちまったな…」
洋平は独りごちた。
シーマは柔らかなクラクションを流し、ウインカーを出した。
洋平が訝しんでいると、そのまま左に曲がっていった。
背面ガラスからすけて、女の手が振られたような気がした。
「味な真似を」
気がつくと道はもう市内に入ろうとしていた。
洋平はそのまま車を走らせ、ホテルで見た雑誌に書いてあった喜多方ラーメンの店、「あじ庵食堂」の駐車場に車を滑り飲ませた。
「いらっしゃいませ」
店内は空いていた。好都合だ。洋平は四人がけのテーブルに座る。奥のテーブルで家族四人が仲良くラーメンを食べている。
家族でラーメン屋か…洋平には家族でラーメン屋に行った記憶がなかった。
「お決まりですか?」
「あ、ああ…醤油ネギラーメンに、辛味噌トッピングで」
「はいよ」
醤油なのに辛味噌をトッピングしてしまった。少し興奮しているのか俺は。なかなか良い好敵手だった。しかも女とはな。やるぜ。
「はい、おまちどうさま」
すぐにラーメン が出てくる。
![](https://assets.st-note.com/img/1665960567397-bDxMryaLIg.jpg?width=1200)
おお、うまそうだ。薄い色の醤油ラーメン。ネギとチャーシューがうまそうだ。
洋平はレンゲでスープを掬い啜った。
![](https://assets.st-note.com/img/1665960567701-9v02k4VHF6.jpg?width=1200)
ほう、優しく薫る出汁じる。昆布だろうか。塩味はしっかりついていてうまい。
![](https://assets.st-note.com/img/1665960568434-CcDjArnHHW.jpg?width=1200)
麺は喜多方に特徴的なちぢれ麺。これがスープを引き連れて口の中で見事に溶けあうのだ。洋平は勢いよくかきこむ。
途中で辛味噌を一気に入れる。辛味噌をレンゲの上に置き、そこにスープに浸して味噌をかき混ぜる。スープの色がみるみる赤く変わっていく…まるで…いややめておこう。
一口啜る。今度は辛味噌と醤油が溶け合い、素晴らしいバランスのスープに変貌を遂げる。
「これは当たりだった。付いてるな。さっきの勝負と言い、この辛味噌と言い、燃えさせてくれるぜ」
洋平は独りごちた。
スープを半ばまで飲み干すと、額の汗を拭き、会計をする。
再び車に乗り、米沢方面へ車を滑り出させる。対向からラーメン屋にまた一台入ってくる。
あのシーマだった。
今度はドライバーの顔がハッキリ見えた。若いサングラスをかけた女性だ。間違いない、さっきのシーマだ。
洋平はすれ違いざま手を挙げたが、すでにすれ違った後で彼女からは見えなかった。洋平は公道に出た。
その途端、あのフォワァァンという柔らかなクラクションがなり、ハザードランプが5回光った。
ドリカムなら"愛している"だが、今回は"ありがとう"だろうか?
洋平はニヤリとして、ノートの味気ないクラクションを2回鳴らし、あじ庵食堂から遠ざかった。
「また」
のつもりだった。
続く。
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活力再生麺屋 あじ庵食堂
0241-23-6161
福島県喜多方市豊川町米室字アカト5246-54
https://tabelog.com/fukushima/A0706/A070601/7017877/