私の得意技は。
最近、親友の景子の様子がおかしい。
景子は学校では有名な美人。頭もイイ。才色兼備とは彼女のための言葉だと思っている。
男子は当然、街灯に群がるハエのように景子に寄ってきて、電球に触れた瞬間死ぬハエのように、景子に告った瞬間に振られるのだ。
さっきも身の程知らずの新入生のコバエが告って、そして振られた。何匹目だろう。この一連の風景にも慣れてきた。
そんな景子の様子がおかしい。モテる女子特有の女王様な振る舞いが鳴りを潜め、何か、いや、誰かに翻弄されている。
その相手はわかっている。
残念なことに、新しく講師として赴任してきた世界史の函館先生だ。
アンニュイでやる気のない授業。かと思えば時折ものすごく切実な、そして破壊的なことを言う。
単なるスケベ教師古賀のようなイヤらしい視線もなければ、くだらん説教も一切言わない。むしろ私たちに興味がない。
しかし、媚びない感じが却って生徒には心地よい。そして何より、彼は私の見たところ隠れイケメンなのだ。正統派ではない、不思議な魅力。大人の男の魅力があった。
子供みたいな高校生と世間ズレしたぼんくら教師の中にいると、却って目立ってしまう。
他の女子はともかく、よりによって景子が興味を持ってしまうなんて…。
景子と私は中学まで同じ剣道部にいた。二人ともかなりイイ線まで行っていた。同じ学校だから、練習することはあっても、試合で戦うことはなかった。認め合っていたし、私はなんとなく、意識して景子と戦わないことにしていた。勝負をつけたくなかったのだ。彼女の得意技は堂々とした王道の面。私はカウンターの小手。戦い方も違ったし。
昨日は景子の気持ちを聞き出すために、放課後も遊んでみた。
進路どうするの?なんて大人びたことを聞いてきた。しかも、ラーメン屋なんかにも入って。意外にも美味しかったのにはビックリしたけど。
今までには考えられない行動。
もしかして、函館先生はラーメンが好きなのかな…
景子は、自分がのめり込む状況に慣れていない。その折り合いに時間がかかるのだろう。
その間にうまくやらなくてはならない。
先に見つけたのは私。
先に声をかけたのは景子。
今は一歩リードされている。
でも、私は相手の攻めを利用して奪うカウンターの小手が何より得意。勝負はこれからよ。
チャイムが鳴った。次の授業は世界史。一週間に2回やってくる私の学内唯一の楽しみ。密かに彼の声を録音し、家でラジオのように聞いている。
私だけの王子様。
ごめんね景子。今回は、負けられない。
久しぶりの真剣勝負かも。
ガラ。
ドアが開いて、彼が入ってくる。いつものようにやる気のない雰囲気。
先生、さっきこれ、落としてましたよ。私は彼の手を握り、父のハンカチを彼の手にねじ込んだ…
え?あ、あれ、これは…
私はすぐに席に戻る。戸惑う彼。
しかし授業を始めないと不審に思われるから、今は何もできないはず。
機先を制するものが試合のペースを握る。これで私のペース。
カウンターの小手も得意だけど、私のもう一つの得意技は、出会い頭の小手なんだから。