小説:ふたりの翠玉(エメラルド)エピソード4エメラルドの調達
「もしもし、まいど」
仁が親しい友人、仲間たちに電話するとき、必ずこのフレーズで始める。
今じゃ、携帯、スマホの電話番号を登録しているのが当たり前になっているので、着信音がなり、画面を確認することで、 電話の相手がすぐわかってしまう。
「まいど!仁さん、いつもFacebook 拝見しています。相変わらず、お元気そうですね」
川上守も仁に合わせて、「まいど」で最初の会話を受けている。
「大阪に戻ってから、奥さんやヒカルちゃんはお元気ですか? 仁さんは、念願だった地元大阪に戻って、のびのびされているんでしょうが、東京生まれ、東京育ちの麗子さんやヒカルちゃんは、大変じゃないですか」
言葉や文化、習慣が違う関東と関西。特にエセ関西弁が大嫌いな大阪では、関東人は言葉じりや発音の違いでいじめられることが多い。
「いや、女性は男性と違って順応性に長けているらしく、うまくやっているよ。それに普段から私の関西弁で免疫ができているし、関西弁の上達がすこぶる早かったようだ」
「なるほど、そうなんですか。それは、良かったですね」
「そうそう、最近、妻の麗子が地元のスーパーにパートにいくようになってね。同僚の同年輩のおばさんたちとたまに居酒屋にいって、女子会やってるよ」
仁は多少苦笑しながら、そう言った。
「そっちは、どうなん?」
「会長は、のんびり隠居生活を楽しんでます。私は、社長になってまだ2年目なんで、ただのひよっこですよ。専務時代のようにはいきませんね。今じゃ全ての決済は私の責任でやってます。プレッシャーがハンパないです」
守は相手が仁なので思わず本音がでた。
「零細企業や個人店の社長業って、その大変さはやったもんしかわからん からな。自分でよかったら、いつでも相談にのるで」
「ありがとうございます。それで、今日は、 どうしたんですか」
「そうそう。実は、客注でエメラルドの帯留め作ることになって、それに使うカボションエメのペアー調達せなあかんねんけど、川上さんとこのエメわけてもらわれへんかなぁと思って」
「あ〜、そうなんですか。どれくらいの大きさを希望してます? 在庫にあれば、特別に売ってもいいですよ。一応、会長の了解がいりますが」
川上商店は、基本、色石のルースの仲間売りはやっていないのだ。いろんなところで同じようなテイストのジュエリーが作られることになると、川上の独自性がなくなるからだ。
「そうか、悪いね。それじゃ、帯留めのレンダリングとデザイン画、pdfでメール送信しとくから、検討してみて。それと、会長と奥さんによろしゅう言うといてな。ほな、頼むで」
仁は、少し安堵して電話を切った。
「パパー、どうだったの。エメのカボション、川上さん、売ってくれそうなの」
キッチンにいた娘のヒカルが仁の仕事部屋に入ってきた。どうやら、キッチンとつながっている仁の書斎兼仕事部屋から電話の声が漏れ聞こえていたようだ。
「多分、電話の感触から十中八九、大丈夫だと思う。あとは、川上会長の承諾まちだけや」
「そうなんだ。川上さんからエメラルドわけてもらえると、ほんと助かるね」
仁は、もう違う仕事に取り掛かっていた。仁は、娘のヒカルにエメラルドについて教えるために、まず自分自身のエメラルドに関する知識をブラッシュアップさせないといけないと思い、エメラルドの専門書を数冊揃えていた。
そこで思いついたのが、「スライドムービーによるおもしろエメラルド講座」をジェムクラフトのお客様に向けてやってみたらどうか、という企画。
副題は、「エメラルドのキセキ」
キセキは、軌跡、奇跡両方に引っ掛けているので、敢えてカタカナにしてある。エメラルドがどういう鉱山や鉱床から採掘され、宝石になっていくのかその過程、それが「エメラルドの軌跡」
また、人々を魅了する、エメラルドがいわゆるエメラルドグリーンになる偶然の「奇跡」だ。
いわゆるテレビでやっているような「◯◯◯のニュース解説」のような堅苦しいものではなく、少し漫談風にアレンジしてところどころで笑いを取れる内容にしたい。
仁は、企画書と講座のシナリオを同時に今真剣に進めている。
ほぼ1ヶ月前に行ったジェムクラフトの定例スタッフミーティングで、この企画は既に承認済みだ。社内的に作成した企画書は、ワンシート、一枚にまとめられている。
企画の目的、時代背景、その企画の全容を示す関連相関図、スケジュール等が簡略に書かれている。
ただ、企画の実施にあたっては、細かいことを決めていかなければならない。この企画の立案、プロデュース、そしてまた講演までも仁ひとりでこなさなければならない。いわゆる自作自演による講座になる。
仁が部屋にこもって詳細な企画書と講演のシナリオを作っている今現在は、4月20日。講演は、5月26日に決定していて、ジェムクラフトのお客様には、告知済みだ。
5月の代表的な誕生石は、エメラルドである。どうせやるなら5月中にその企画をぶつけたい。そういう思いから、スケジュールを組んでいる。
昨年の4月、4月の誕生石であるダイヤモンドについて初めての試みとして「おもしろダイヤモンド講座」を実施した。
お客様は、その講座に興味を持って聞きに来てくれるだろうか。心配しつつ告知の往復ハガキを送ってみると、参加希望に◯を付けてくれた返信ハガキが数多くきた。
しかも夫婦同伴での参加希望が全体の半分くらいだ。仁やジェムクラフトのオーナー浅見透の学生時代の友人達にそれぞれ個別に事前に講座の案内を電話でしていたのが功を奏した。
ただ案内ハガキを送っただけでは、人は集まらない。しかも、初めての試み。個人の貴重な時間を割いてまで聞きに行くような講座なのか、例え学生時代からの友達からの誘いであっても、参加に対しては逡巡するものだ。
企画の立案者である仁自身がそうであるように。
さて、その第1回目となるダイヤモンドおもしろ講座の前半は、宝石のプロがそっと教えるダイヤモンドの賢い買い方。後半は、デビアスの歴史やダイヤモンドの流通と合成ダイヤモンドの生成法と現時点での問題点だった。
今回の講座、「エメラルドのキセキ」では、まず、エメラルド鉱山の現場を様子を見てもらうようにしたい。仁自身、コロンビアにエメラルド鉱山に訪れたことはない。
2005年2月に東京渋谷の映画館で映画「エメラルド・カウボーイ」を娘のヒカルとともに観ている。主人公の早田英志氏が単身コロンビアに渡り、ムソー鉱山の一介のエスメラルデーロ(エメラルド原石取引業者)から身を立て、コロンビアのエメラルド王と呼ばれるようになる物語。早田氏本人が主演している一種のドキュメンタリー映画に仕上がっている。
コロンビアは、身代金目的の誘拐が多発する地域で、エメラルド鉱山は、一種無法地帯だったようだ。
日本のエメラルドバイヤーの第一人者佐野忍著「エルドラドの緑の火 コロンビア エメラルドの旅」には、ムソー鉱山の全貌とそこに群がるグワケーロ(宝石採掘者)たちの写真が掲載されている。
残念ながら、この本はすでに絶版になっている。ジェムクラフトで開く少人数のセミナーであれば、この本の鉱山の写真等を回し読みしてもらうことで少しはコロンビアのエメラルド鉱山の様子が伝わるのではないだろうか。
そういうふうなことを仁は考えていた。
タッタカタッタター、タッタカタッタター。仁のスマホが鳴っている。
おっ、守からだ。
「もしもし、まいど。例の件、どうやった」
「あっ、仁さん、会長のオーケー、出ましたよ。 仁さんからの頼みだし、オーダー品に使うだけだから、問題ない、と言ってました」
「そうか〜、よかったわ、ありがとう」
仁は、川上商店からのエメラルドの調達は、十中八九、いけると思っていたが、守からの電話で確証ができ、一安心だ。
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