見出し画像

小説:ルビーは情熱の証し エピソード1色石に愛されたシンデレラ

ここは、阪急曽根駅近くのスペシャリティーコーヒー専門店。

佐々木真一は、小さな部屋のコーヒースタンド席のドアを開け、マスターにいつものおすすめブレンドを注文。

「浮かない顔ですね、真一さん、どうされました」
「いやぁ、例のシンコペーションのフレーズが今日も一定しないでね」
真一は、愚痴をマスターに聞いたもらいたかったのだ。

「そうなんや。まぁ、熱いコーヒーでも飲んで、気分を落ち着かせましょう」
マスターいつも静かでにこやかだ。

「もうすぐ、亜紀さんが来られますよ」
中川亜紀は、佐々木真一と同じバンドのキーボード担当だ。

ジェムクラフトのオーナー浅見透が、ベース担当、宝生仁の一人娘ヒカルがボーカル。佐々木真一は、ドラム担当。
バンドマスターは、浅見でバンド名が「バランスボール」
キャッチコピーが「なかなかノレないバランスボール」

バンマスの浅見が「ハーイ、こんばんは!なかなかノレないバランスボールで〜す」とガナリをいれる大阪スタイルのバンド。

楽しくなければ、バンドなんか続かない。

ジュエリーの職人を地道に長年続けてきた浅見の意見には、説得力がある。

キーボード担当の中川亜紀の出身地は、東京。東京中目黒の老舗宝石店「輝輪堂」二代目の2人兄妹の次女である。じつは、輝輪堂(きりんどう)の二代目は、ひとり娘の中川明子で、養子縁組で中川家にきたのが専務の利夫で主に輝輪堂の会計実務を担当している。

輝輪堂の二代目明子が「可愛い子には旅をさせろ」と言われるように、自分の手元に置いて宝石について、店の経営ノウハウを教え込むよりも、他の会社で何年か修行させたほうがいいだろう、と思い、そのことを宝生仁に相談。浅見透のジェムクラフトで働くようになったのである。

コーヒーショップで落ち合ったふたりは、南桜塚にあるジュエリー工房「ジェムクラフト」に急いでいた。

ジェムクラフトのミーティングルームには、オーナーの浅見透、仕入れ担当の宝生ヒカル、デザイナー兼接客担当の北条理恵 がすでにいて、ふたりの到着を待っていた。

 時間に遅れ、ドタバタでミーティングルームに入ったふたり。真一は、息が上がっていたが、亜紀はそうでもない様子だ。

佐々木真一の古くからの友人、西尾修とその婚約者のエンゲージリングは、接客担当の北条理恵がフィアンセに提案した、ルビーのエタニティー リングに決まっていた。

エタニティーリング
社団法人日本ジュエリー協会 「ジュエリー用語事典」より
結婚記念日や妻が母となった記念に、永遠の愛の誓いとして夫が送る指輪。一般的に同サイズのカット石を全周にセットしたデザインをいう。

エンゲージリングの定番は、ダイヤモンド一個石を6本爪で留めた、いわゆるティファニータイプのリング。ダイヤモンドを大きく見せるために、爪を少し大きなマーキース型にすることが日本のジュエリー業界で流行ったことがあった。

エンゲージリングの価格を抑えるために、0.3ctから0.5ctの大きさのダイモンドをエンゲージリングにセットするのだが、1ctクラスのダイヤモンドと比較すると、見栄えに劣ることから、日本独自の工夫で爪を大きくしたのだ。

ジェムクラフトのオーナー浅見透は、東京御徒町の色石材料もの輸入卸業者から、ルビーのエタニティーリングに使えそうな直径2ミリのラウンドルビーのロットを調達した。あらかじめ照りのいいバンコクカットのルビーのロット。

 中川亜紀は、「絶対色感」を持っているという評判だ。浅見のポン友、宝生仁からそう聞かされていた。色石の材料ものの石合わせの能力は、宝生仁曰くピカイチらしい。なにせ東京では「絶対色感を持つシンデレラ」と言われているらしい。

 「絶対音感」は、聞いたことはあるが、「絶対色感」って本当にあるのだろうか。

とにかく、お手なみ拝見といこう。ジェムクラフトのスタッフは、興味深々だ。

いいなと思ったら応援しよう!