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僕らはキレイ 後編
ゴミに埋まる白亜紀
夢島は強烈な異臭で目覚めた。
「ここは?」
四方八方、辺り一面ゴミ。
丘の中腹、自分の足の少し先でゴミに埋もれて息絶えたティラノサウルスにギョッとさせられも、むしろそれで彼は正気を取り戻す。
…白亜紀の地球に飛ばされたのか…
時折、空で爆発閃光が起きては大量のゴミが降り注いだ。
…僕らの地球。キレイになったかなぁ…
ぼんやりとそう思った夢島だが、ある事に気づきハッとさせられる。
…恐竜絶滅の真実って、人類のゴミだったのか…
積もったゴミの中に点在する恐竜たちの死体を見ながら、夢島は溜息を漏らした。
…さて。どうしよう…
腹が鳴った。
…こんな状況でも腹は減るんだな…
夢島はティラノサウルスをジッと見つめる。
…あいつ。ステーキなら旨いかなぁ…
夢島は腹を抱え、大笑いした。
その時、ゴミが波打つ水平線の彼方からこちらへ向かって来る一群の飛行体に気づく。
「エアロバイクか?」
迫るエンジン音。
「人間がいる?」
希望。
だがそれは先頭の男の怒号で消え去る。
「ゆめじまぁァァァッ」
「屑集?」
「ぶっ殺すッ」
爆発音。
ぶっ飛ぶティラノサウルスの首。
ゴミの中を逃げる夢島。
殺気立ち迫る、屑集たち。
夢島、大ピンチ。
…もうダメだ…
突然、翼を広げた鶴の様な姿の巨大鶴型宇宙船が出現、屑集たちを攻撃。
「くそッ。覚えてやがれ」
屑集は仲間と逃げ去った。
夢島は宇宙船に転送回収された。
「夢く~ん」
「乙ちゃん?」
抱合う二人。
キス、キス、キス。
開けなきゃ良かった
宇宙船で乙女とラブラブ快適な日々。
一ヶ月が過ぎて船内生活にも慣れると、夢島は地球のことが気になり始めた。
こっそり通信室へ行くと、ドアに貼紙。
『開けちゃダメ』と、乙女の字。
貼紙を見つめていた夢島だったが、そんな自分を見ている乙女に気づいた。
気まずい雰囲気。
それを打ち破るように乙女が言った。
「やっぱり気になるよね。地球のこと…」
夢島、曖昧な頷き。
ドアを開け、乙女は夢島を部屋に入れた。
「地球と交信できるよ」
乙女は交信をセットする。
「でもガッカリしないでね」
そう言い残して彼女は部屋を出て行った。
「夢島さん?」
見覚えのあるような顔の男。
「はい。あなたは?」
男は名乗る。
「局長?」
苦笑いし男は答えた。
「それ、私の曽祖父です」
「ええっ?」
「あの日から300年が経ってますよ」
「そっ、そんなに…」
「困るんだなぁ」
「えっ?」
「今さら現れて」
男、迷惑顔で告げる。
「夢島さん。あなたは人類を救って命を落とした英雄なんですよ。世界中にあなたの銅像が立ってるし。歴史の教科書にあなたの顔が載ってる。だから、生きてましたって現れられても困るんですよねぇ。絶対に戻らないで下さいッ」
交信、一方的に切断。
乙女が外で待っていた。
「乙ちゃん…」
「だから言ったのに」
「もう。帰る場所が無い…」
夢島、彼女の胸で号泣。
「大丈夫」
「えっ」
乙女、彼を優しく抱きしめて。
「夢く~ん。あたしと、ふたりで生きようッ」
僕らはキレイなのか
隣りで寝息をたてながら無垢に眠る乙女に安らぎを感じながら、夢島は地球周回軌道上に浮かぶごみ処理プラントを眺めている。
その真空の静寂に浮かぶ白い構造物に夢島は、昔見た古い寺院を重ね合わせていた。
…あそこは誰かを救済しているのだろうか…
地球表面では、単色花火の様な赤と青の閃光が断続的に輝いては消える。その煌めきの都度、地表に大量のゴミが降り注ぎ続けている。
…僕らの地球はゴミ一つないキレイな星となっているのかな…
ゴミに埋もれて死んだティラノサウルスの顔が、ふと夢島の脳裏を過った。
…生きる限りゴミが出るのは仕方ないけど、あいつは他人のゴミで殺された…
夢島、深い溜息。
…僕らはキレイ。それって罪深くないのか…
乙女が目覚めた。
「夢くーん。おはよう」
「おはよう」
二人がチューをしていると、突然モニターに屑集が現れた。
「よおッ。やっと繋がったぜ。おお、ラブラブじゃん」
「何だッ。文句あるのか」
「そう怒るなって。この間は悪かったよ。水に流そうぜ」
屑集、やけに調子が良い。
「ちょっと絶望したけどよ。住めば都だぜ」
美しい町の映像が二人の目の前に現れた。
「快適ライフだぜ。あくせく稼がなくて良いしな」
「そうか」
「お前らも元気でな。じゃあッ」
交信、一方的に切断。
「たくましい奴だ」
「しぶといだけ。昔からそうよ」
乙女はクスッと笑った。
*
二人はベッドでウダウダしながら白亜紀の地球を眺めている。
「あのさ。赤と青の閃光の違いって何なの?」
乙女は気まずい表情を浮かべ、シーツで顔を半分隠す。
「マズいこと聞いちゃった?」
「ううん。でも、ちょっと言い難いかな」
「?」
「赤い色は地球のゴミ」
「じゃあ、青い方は?」
「蓬莱星」
夢島、絶句。
「科学技術がどんなに発達しても、ゴミって出るのよね…」
乙女、お茶目な笑顔。
「あっ…」
「夢くーん。どうしたの?」
「赤い閃光、無くなった」
「あぁ。そうみたいね…」
「どうしたんだろう」
「1000年くらい経っちゃたからねぇ」
「?」
「人類」
夢島、嫌な予感。
「滅んじゃったかな」
「マジ?」
頷くと、乙女は言った。
「つまり地球からのゴミが無くなったってこと」
夢島、絶句。
「それって、そういう事よね」
「俺。最後の人類かよ」
頭を抱える夢島。
「大丈夫ッ」
乙女、両手で夢島の顔を上げて彼に言った。
「ハーフだけど。ふたりで、人類のDNAをいっぱい増やそう」
*
直径10キロメートルの巨大隕石がゴミ排出プラントに迫っていた。
二人は並んで座り、衝突を見守る。
「映画館にいるみたい」
燥ぐ乙女。
「うん」
ポップコーン頬張り、夢中で見る夢島。
衝突。
ゴミ排出プラントは瞬時に粉砕。
「すごーい」
ポカンと口を開け固まる夢島。
隕石は巨大な火球となって地球へ落下する。
「あっ…」
「うん?」
「屑集。大丈夫かなぁ?」
隕石衝突、大爆発。
「しぶといから平気よ」
劫火の灰に包まれる地球。
「生き残った方が心配かも…」
「?」
「人類の先祖があいつだなんて、ちょっと怖い…」
*
「蓬莱星へ行かない?」
「えっ?」
「あそこって、子供を育てるのに良い環境なの」
「子供?」
夢島、キョトン顔で乙女を見つめ。
「うん。そうなの…」
乙女、恥じらい俯く。
「僕らの子供?」
乙女、頷く。
「マジ?」
「うん」
「やったッッッッァ」
乙女、微笑む。
「蓬莱星へ、レッツゴーッ」
鶴型宇宙船は蓬莱星へと飛び去った。
新しく始まる日々へ
目の前に現れた蒼く輝く蓬莱星を、夢島は浮かない顔で見つめた。
「夢く~ん。どうしたの?」
乙女、夢島の頬にチュッ。
「…」
「何か心配事?」
夢島、首を左右に振る。
「浮かない顔してるよ?」
長い溜息のあと、彼は言った。
「蓬莱星って、蒼いんだね」
「うん。だって環境は、地球と…」
乙女は、そう言い掛けて口を噤んで彼の顔を見た。
「そうだよね。同じなんだよね…」
乙女、夢島の肩を抱いて言う。
「そっか。地球のこと、思い出しちゃったんだね」
「うん…」
ちょっと気まずい雰囲気。
「夢く~ん」
「うん。なぁに?」
「地球。見に行ってみる?」
「えっ。良いの?」
「気になるよね」
「うん」
「行こうか」
「乙ちゃん…」
鶴形宇宙船は180度反転すると、地球へ向けてワープした。
*
新婚旅行に行ってないと気づいた二人。
地球へ直行せず銀河を旅し、その間に乙女は男女の双子を出産する。
夢島と乙女が地球に着いた時は、彦太郎と織子と名付けられた双子ちゃんは四歳になっていた。
「今でもゴミだらけなんだね…」
海辺の砂浜に降り立った夢島は、ぽつりと呟いた。
「そうね。片付ける人がいないものね」
「そうだな…」
夢島は乙女にそう言うと黙ったまま、ゴミが浮かんでは沈む海を見つめた。
「ママ。あの動いてるお水は、なぁーに?」
夫婦は笑い、乙女が答えた。
「海って言うのよ」
「うみ?」
初めて見る海に彦太郎、興味津々。
「パパ。ここどこ?」
「地球だよ」
「ちきゅう?」
「パパが生まれた星だよ」
「ふーん」
「パパ。織ちゃんと遊びに行っても良い」
「ダメよ。来たばっかりなんだから。我慢しなさい」
「えーーーーっ」
「良いよ。その代り遠くに行っちゃダメだぞ」
「はぁ~い」
二人、可愛く返事。
夢島と乙女、浜辺で遊ぶ二人を見守る。
「静かね」
「うん」
仲睦まじく寄り添う二人。
その時、女性の声。
「夢様…」
振り向いた二人、声の主に驚く。
「あなた」
「A子?」
「どうして?」
「お二人さんよ。俺も居るぜ」
「屑。あんた…」
「生きてたか」
「俺だけじゃねぇーぜ。仲間もな」
乙女、溜息混じりに呟く。
「しぶといわ…」
再会に喜んだ四人だったが、いつの間にか現れた大勢の子供達と彦太郎と織子が遊んでいるのに気が付く。
「どうなっての?」
屑集は顛末を語り始めた。
「仲間の一人に地球史オタクがいてよ。白亜紀の隕石衝突を思い出したのさ。俺たち、慌てて脱出したさ。全員、無事だったけどな」
「ごめんな。伝えるの忘れてて」
「まったくだぜ」
「俺、歴史苦手でさ」
二人で隕石衝突を見物しましたと、とても素直に言えない夢島。
「まぁ、良いってことよ。それで、どこに行くかってことになって人類滅亡後の地球へ行く事にしたのさ」
「何で地球を選んだの?」
「ゴミを太古の地球にガンガン捨ててた連中が滅亡したわけじゃん。つまり地球はゴミだらけに決まってると。ゴミさえあれば快適に暮らせることは解ってたから。目指すならそこだって」
「あんたらしい。しぶといから生きてると思ってたけど」
乙女、苦笑。
「しぶといのは地球人も同じさ。こっちに来たら、生き残ってる連中がゴロゴロ居てさ。あの子たちは、そいつらと俺たちの間にできたガキども。今さら退屈な蓬莱星に戻るより、地球の連中とこの星の再生する方が面白くなっちまってよ。今に至るわけだ」
「A子は?」
「実は屑集さんに助けられたんです」
「へっへっへ」
屑集、A子を見ながらデレデレ。
「総攻撃の最中、屑集さんが私の前に転送で現れました。彼を見て、あたし…」
彼女の顔を映したモニター画面が、ほんのり紅く染まる。
「メッチャ強え奴じゃん。顔が見たくて。危険覚悟で転送侵入したんだ。俺、アテナモードのA子に一目惚れよ。こいつは連れて帰って、俺の嫁にするって決めてよ。相思相愛よ。3Dじゃな。ちょっとずつ身体造って、あとは頭と顔だけってとこまで来たわけよ。ここはさ、とびっきりの美人にしてやらないとな。まぁ。てな感じで、今に至るだ」
「パパっ」
屑集の腰に纏わりつく子供。
「おぅ。屑太郎。どうした?」
「えっ。屑。あんたの子?」
「乙女よ。子供の前で呼び捨てにすんなよ。俺とA子の子。屑太郎だ。ほら、挨拶しろ」
二人をジッと見る、屑太郎。
「パパ。おともだちできた。ひこたろうとおりちゃん」
屑太郎、二人を屑集に紹介する。
「ひこたろう、ぼくのちんゆうだよ」
「ちんゆうじゃなくて、親友だろ」
「うん。それ。おりちゃんはね、ぼくのおよめさん」
顔が青褪めて失神寸前の乙女。
憮然とする夢島。
「そっか。好かったな。三人で遊んでこい」
走り去る三人の背中を見ながら、屑集が言った。
「俺たちの腐れ縁も、筋金入りだな」
「嫌だ。勝手に決めないでよ」
「ところでお二人は、これからどうされるお積りですか?」
「蓬莱星に帰るわ。ねっ、夢くん」
夢島は答えず、仲良く遊ぶ三人を見つめた。
そんな彼を見ながらくすくす笑い、屑集は乙女に言った。
「夢島の奴。蓬莱星へ行きたくない様子だぜ」
「嫌よ。このまま居着いて、あんたの家と縁戚になるなんてダメよ」
「良いじゃねぇーか。ここの暮らしも悪くないぜ。それに星を再生させるってのも、中々やりがいのある仕事だぜ」
「嫌よ。こんなゴミだらけ。子供を育てるのに最悪」
「…」
「そうでしょ。夢くん、何とか言って」
「乙ちゃん。彦太郎も織子も楽しそうだよ」
「えっ」
「俺さぁ。子供の頃、父親の仕事の関係で転校したことがあんだよね。友達と別れるのがメチャメチャ悲しくて。あの子たちにそんな思いさせたくないんだよね」
「ちょっと。夢くんッ」
屑集、ニヤニヤ。
「地球は俺の故郷だよ。ゴミを片付けて、キレイな星に生まれ変わらせたいんだ」
「夢くん…」
「乙ちゃん。地球で暮らそうよ」
「うーん…」
「彦太郎や織子のためにも絶対、その方が良いから。ここで家族一緒に暮らそうよ」
「仕方ないか…」
夢島、乙女を抱締める。
「よっしゃッ。そうと決まれば宴会だぜ」
乙女、屑集をキッと睨んで。
「屑ッ。あんたの息子になんか絶対、織子を嫁がせないから」
夢島、トホホ顔で乙女に言う。
「乙ちゃん。その台詞。どちらかと言えば、俺のだと思うんだけど」
「どっちでも良いの」
「まぁまぁ。乙女よ、子供同士の口約束だろう」
*
千年後。
ゴミで悩んでいるM78星雲のある星へ地球から美女の大使が赴任した。
彼女の名前は屑姫。
屑集から33代目の子孫である。
赴任早々、彼女は政府の代表達の案内でこの星のゴミの窮状を視察した。
「日々ゴミが溢れ、我々は滅亡の危機に瀕しております」
ゴミを見ながら屑姫、内心のワクワクをお首にも出さず心の中で思った。
…フッフッフ。宝の山じゃない。荒稼ぎできるわぁ…
屑姫、微笑み言う。
「それはお困りですね。地球と独占契約を頂けるなら支援は惜しみませんよ」
「おぉぉォ。ありがとうございます」
政府首脳陣、屑姫を拝み倒す。
*
「ご先祖の夢島様が大活躍されたお話。これでオシマイでございます」
執事は、夢島家35代当主の彦太郎に言った。
「坊ちゃま。ご先祖様に恥じぬ立派な御当主にならねばなりませんよ」
「うん。でも、ぼく。まだ五歳だけど」
「普段の御心構え。それが大切なのです」
「はぁ~い。肝に命じまーす」
(『僕らはキレイ』完結)
(次回 読切『ワクワクする一歩先へ』 アップ予定:2021.4.19)