ワインと泥水
ある笑顔が素敵な女の子がいた。
その女の子は彼女が生まれた時に作られ始め、ずっと大切に熟成してきた樽のワインを持っていた。
ある時、心無い男が女の子のワイン樽に泥水を注いだ。
焦った女の子は注がれた泥水を除こうと、ワイン樽から何度もすくい上げたが、泥水はすっかりワインと混ざりあってしまっていてそれは叶わなかった。
ある人は言った。
「泥水が全て無くなるまでワインを捨てればいいじゃないか。」と。
またある人は言った。
「そんなことをしては例え泥水が全て無くなったとして、その頃には彼女のワイン樽は空っぽになってしまうだろう。」
またある人は言った。
「分留すればいいじゃないか。」
また別の人は言った。
「分留してしまえばそれは物としては『 ワイン』では無くてしまうのではないか?」と。
女の子は絶望した。
どうすれば良いのか、彼女には分からなかった。
周囲の人は方法を語るばかりで彼女のワインが汚れてしまったことについてはまるで彼女に慰めの言葉をかけなかった。
ある日、女の子はおもむろに新しいワイン樽を自分の樽の横に置いた。
『ワインの樽をもう1つ作り、泥水が入れられたのはそのもう1つの樽だと思い込む』
それが彼女が、いや厳密には彼女自身が意識して決めた行動ではなかったのもかもしれないが、自分を守るために行った全てだった。
次の日から彼女は、昨日までの事が嘘だったかのように、またかつての笑顔に戻っていた。
2つの"彼女"がそこにはあった。
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