貿易拡大をめざす中国の「一帯一路」と戦略なき「アメリカン・ファースト」
中国側から見た米中貿易戦争とその行方 長期化で中国・米国・世界経済に大打撃
1671号, 2019年2月3日,インタビュー 愛知大学名誉教授 加々美光行さん
昨年10月の世界同時株安の最大要因とされる「中・米貿易戦争」は、長期化しそうだ。各メディア新年特集でも、「新冷戦」、「世界の覇権争奪」という言葉がおどる。問題の大きさは疑う余地がないが、経緯・解釈については、米国側に寄りがちだ。編集部は、中国サイドから見た相貌・日本経済への影響について、中国研究家・加々美光行さんに、インタビューした。貿易戦争は、「中国経済の構造変化すら引き起こしかねない」という。(文責・編集部)
編集部:中国側から見た米中貿易戦争とは?
トランプ大統領の世界外交の中心にあるのは対中外交ですが、明確な戦略があるわけではありません。「アメリカン・ファースト」(アメリカ第一主義)というスローガンのなかで「対中貿易赤字」を焦点化し、引き起こされたのが、米中貿易戦争です。
中国は当初、トランプ大統領と正面から対峙せず、大きな紛争にはしないという方針でした。しかし、対米貿易黒字が大きくなり過ぎて、米国の本気度を理解するようになって、習近平政権は、「米国には負けない」という強硬姿勢に転じました。この紛争が中国経済にとって大きな影響を及ぼすことがわかってきたからです。
中国の経済成長は、10%超の高度成長期は終わり、近年は6%程度に落ちてきています。この成長率を維持するには、国内需要だけでは無理なので、対外投資で需要を掘り起こし、貿易拡大をめざして打ち出されたのが「一帯一路」政策です。
つまり、中国の経済成長は現在、対外貿易と対外投資に依存しており、安易な妥協はできないのです。ファーウェイ(華為技術)にまつわる中国政府の対応は、覇権主義的と捉えられかねないのですが、この強硬姿勢の根拠もここにあります。
編:対中貿易戦争の中国や日本への影響は?
中・米の経済関係は冷え込むでしょうし、貿易額の減少は避けられません。しかし、中国にとって巨大な貿易黒字を生み出している対米貿易に代わる国や地域はないのです。ただし、米国と中国は、貿易だけでなく相互に相当額の投資を行っています。中国国内では、相当数の米国企業が活動しており、米国内も同様です。トランプ大統領が対中貿易を絞れば、ブーメラン効果で米国企業も大きな影響を受けるわけです。
この影響は両国にとどまらず、世界経済に陰を落としています。昨年末以降、世界の株価が暴落し、不安定な動きを見せていますが、この下落傾向は長期化するでしょう。中国の対外貿易も縮小し、対外依存を強める中国経済に深刻な影響をもたらします。
リーマンショック後、世界経済の深刻な停滞に対し、アジアは比較的速く立ち直ることができました。これは、主に中国の国内公共投資・対外投資による経済成長に支えられたからです。しかし、今回の貿易戦争における国際環境は変化しています。タイなどの東南アジア諸国は、欧米との経済関係を深めており、トランプ大統領が「アメリカ・ファースト」一本槍で対中貿易を絞ると、自らの首を絞めるだけでなく、東南アジア経済にも悪影響を与え、世界経済全体が減速します。特に日本への影響は、甚大です。
「内需喚起に路線転換 視野に地方の反政府運動へ抑圧強化
中国が注視しているのは、貿易戦争がいつまで続くのか?です。中国は、トランプについて「アメリカの利益優先主義」で、これに相互主義を加えることは可能だと見てきたのですが、大統領個人の大きな影響力を観て、戦略の転換も視野に入れ始めています。
それは、対外投資・対外貿易への依存から、再び国内需要を中心にして経済成長を維持するという路線転換です。これは一朝一夕にできるものではありませんが、中国には未開拓の国内市場がかなりあります。チベット、内モンゴル、ウィグル自治区などです。実際ウルムチからチベットのラサまで高速鉄道が通りましたので、チベットへの公共投資が拡大しています。むろん高速鉄道投資については今のところラオスなどでの海外技術協力にその危うさが指摘されていますが、海外市場が縮小すれば、これらの国内地域への投資(ダム、道路網、鉱山開発、高層住宅建設など)や市場開拓が本格化するでしょう。
従来の対外貿易依存から国内市場開発型に変えようとすると、経済再編は不可避です。産業構造の再編は、農牧業労働者の失業率上昇を招くこともあるでしょうし、さまざまな矛盾が表面化し政治的危機をも生じかねません。このために政府に批判的な人たちを、次々摘発しているわけです。
次の大統領選挙は4年後ですが、トランプが対中姿勢を変えるかどうかわかりません。対中強硬姿勢が続くならば、覇権主義と批判されている中国の対外政策は改革を迫られるかもしれません。
習近平政権を最も悩ましているのは、対米緊張がいつまで続くのか見通しが立たないことです。
編:習政権は国内的にナショナリズムに訴えて強硬姿勢を貫いていますが、対米緊張が長引くと経済的損失が深刻化するというジレンマを抱えています。対米政策の舵取りは、今後どうなっていくのでしょうか?
10年以内に米国と肩並べる経済大国化を認めさせる
習近平政権はトランプ氏に対し、米中首脳会談などを通して、「国際政治・経済の均衡」を重視するよう迫るでしょう。中国経済は、10年以内に全体のGDPで米国と肩を並べることは確実です。習近平氏は、トランプ氏に対し、彼の「アメリカ・ファースト」を容認しながらも、中国が現在の世界第二の経済大国から、今後10~15年でアメリカと肩を並べる世界第一の経済大国になることを認めさせると思います。
その上で、世界の第一と第二の経済大国が世界経済のバランスを維持すべきだと主張するでしょう。
トランプ氏の「アメリカ・ファースト」が一国優先主義であっても、1920年代の対外関係を絶縁するというモンロー(第五代大統領)主義とは違う道であることを強調するでしょう。
伝統的なモンロー主義の背景には、「アメリカ経済は国内需要だけで成長が可能」という自負があったのですが、トランプ氏は違います。アメリカの利益になることは進んでやるが、負担にしかならないことからは撤収していくというのが、アメリカ・ファーストの原理です。
そうであれば、対中国貿易・投資でwin―winの関係を展開できるものも相当あるはずだという訴えは、明確な戦略的意識のないトランプ氏に対し説得力を持ちます。
科学技術では5年で米に追いつく
編:ファーウェイの事件は、貿易問題だけではなく、次世代通信の覇権、軍事的側面も含んでいるようです。加々美さんの評価は?
中国は、世界で初めて月の裏側に衛星を飛ばし、基地をも作ろうとしています。宇宙分野ではトップのレベルに達しています。これほど科学技術の進歩は、すごいスピードです。
経済的に中国は、10~15年でアメリカを追い越しますが、科学技術は5年もすればアメリカに追いつくでしょう。もちろん日本は既に追い越されています。日本のマスメディアでは、こうした中国の宇宙開発技術の進展が、ほとんど報道されていません。中国の宇宙衛星に乗務員として日本人が乗ったという記録はないからです。日本メディアの盲点になっている間に、宇宙技術だけでなくミクロ世界の技術も猛スピードで進んでいるのです。
かつて西欧帝国主義は、地球の隅々まで侵出し、次々に植民地化していきました。第二次大戦を経て今ではこうした侵略行為は1959年の南極条約など国際条約で禁止されていますが、宇宙開発についても、1966年以後、勝手な占有は国際条約で禁止されています。ところが中国は、こうした国際条約のなかでも、アメリカ、ロシアがそうであるように領有ではなく、占有権の優先を前提に手を広げようとしています。
こうした中国の拡張主義的な手法を抑えるには、アメリカやロシアにも同様の抑制を求めねばなりませんが、そうした抑止力は現状の世界にはないのです。
日本の中国経済力への過小評価対決的外交姿勢は愚か
編:日本政府の対応については?
安倍政権は、当面、対米依存姿勢を隠そうともせず、中国への敵対的姿勢を強めています。むろん長期的には対米自立を野望しているのですが、安倍政権がいつまで続くか不透明なところがあります。東アジアに位置する日本の立場からしても、本年6月に予定しているG20の時の日中首脳会談を、予定を早めて早急に持つべきです。中国の重要度をもっと認識すべきで、対決姿勢一本槍という外交姿勢は、愚かと言うしかありません。中・米貿易戦争は、長期化すれば両国だけでなく世界経済に悪影響を及ぼすことは明らかです。特に日本は、大きな影響を受けることは避けられません。
中国の覇権主義的姿勢に対しては、毅然と批判すべきですが、日本政府に主体的な外交戦略があるのか、疑問な点です。一貫した姿勢を示すことが求められています。
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