二宮損得
「ポイントの有効期限が迫っています」ポイントカードの会社からメールが届いた。危ない危ない、早く使わなきゃ。と、急いでポイントを使った。
「損するとこだった」とホッとしたが、これは大きな間違いだ。
たとえ、あのままポイントを失ってしまったとしても、「得」しなかっただけで、「損」はしていない。この違いをちゃんとわかっていないと無駄に嫌な気分になってしまう。
けれども「得していない」=「損している」と思ってしまうのは人間の性だ。得したくてポイントカードを作るのか、損したくなくて作るのか、わからなくなる。どちらにせよ、「ポイントカード作りますか?」と聞かれたら「あ、はい」と答えてしまう。
そんな俺も、「本屋のポイントカードだけは作らない」と心に決めている。
よく散歩をする。道中に本屋があると、とりあえず入ってしまう。その日も、初めて来た街の、小さな本屋に吸い込まれるように入った。店内をなにも考えずに歩く。並んでいる本達を見て、なんとなく「好きな本屋だ」と思った。何冊か、読んでみたい本に出会ったので買おうとしたが、ポイントカードの事が頭をよぎった。
「ここで買ったらポイントつかないな…」
家の最寄駅にある本屋のポイントカードだけは作っていた俺は、そこで本を片手に止まってしまった。
「ああ、今すぐ買いたいのに…」と、たった数冊の本を買うだけなのに、心に摩擦が生じる。結局、家の近くの本屋に行って買うことにした。しかし、欲しい本の内、一冊だけ在庫がなかった。
「やっぱりさっきの本屋で買っておけばよかった…」と、どうしても今日その本を手に入れたくなってしまった俺は、またさっきの本屋に戻ってその一冊を買った。
貯まったポイントは6ポイント。本屋の往復で1時間はかかった。これ、時給に換算してしまったら、東京都の最低賃金でも1000円以上はいく。時は金なり。ポイントに縛られて、結局時間も労力も損をしているではないか。
欲しい本は買いたい時に気持ちよく買いたい。だったら、端から得しない事を選んだ方が時間も気持ちも、損しないで済む。
俺はそれから本屋のポイントカードは作らないようにした。生きるのが下手だ。
あの二宮尊徳でさえ、時間を惜しんで、薪を担ぎながら本を読み、勉学に励んでいた。「二宮金次郎像」のイメージしか持ち合わせていないので、尊徳のことはよく知らないが、「きっと合理的な考え方の人だったんだろうなぁ」と、小学生の頃、校庭の隅で像を眺めながら思っていた。
二宮尊徳は、もしも薪山の麓に本屋があったらポイントカードを作っていただろうか?合理的な男だ。きっとポイントカードを作っていただろう。しかし、尊徳はポイントをためるよりも先に、他人を尊び、徳を積んでいた人に違いない。よく知らないけど、そうでないと学校に石像として立つ事になるまでいかないはずだ。
俺も損だの得だの言ってないで、尊と徳を大事にしていこう。もしも、他人を尊ぶ度に「徳」が貯まるカードがあったなら喜んで作ろう。そうだな、徳が貯まるから、「徳」のTで『Tカード』と呼ぶことにしよう。
カードからアプリに移行すれば、貯まる徳は2倍になるし、5がつく日に尊べばなんと5倍だ。カードを忘れても後でレシートを持参して尊べば徳をためてくれるから、カード派の人も安心して欲しい。
Tカードに積み立てた徳はもちろん使う事ができる。「徳」を使うと、他人からの「尊敬」を得る。TSUTAYAでエッチなDVDを借りる時にも、徳を使えば大丈夫。レジの女性店員から「ヌーベルバーグの流れを持ったオシャレなフランス映画を借りる紳士」を見る様な尊敬の眼差しで対応してくれる。ENEOSでガソリンを入れる時に徳を使ったら、セルフなのに人が出てきて対応してくれるし、レギュラー10ℓだけ入れたのに、ハイオク満タン入れた雰囲気を出してくれる。ガストに女の子を連れて行っても、徳を使えばそこはもうロイヤルホストと化すだろう。
「徳の有効期限が迫っています」
危ない危ない。メールを閉じて、俺は急いで本屋に向かい、エロ本を一冊買った。
読んでくれて、ありがとうございます。
新年度ですね。入園やら、入学やら、入社やら、おめでとうございます。尊んでいきましょう。
「とうとんで」よりも「たっとんで」の読み方で、尊んでいきましょう。