ある起業譚(4)
この物語は、個人の起業体験を元にしたセミフィクション(半分はフィクション)です。登場人物、固有名詞は実在の人物や名称とは異なります。
■自分の看板で初受注(1995年11月)
11月も後半になる頃、1本の電話がかかってきた。それは会社時代に付き合いのあった企画会社のマネージャーからだった。現在この会社はある社会実験の事務局を、大手の通信企業から請け負っている。アンケートの集計結果を見て、そのレポートを書くという仕事だ。フィー自体は普通だが、実験期間は1年なので長期の仕事となる。また支払いは毎月なので、資金繰りはかなり楽になる。
仕事をもらってここまで「ありがたい」という気持ちを感じたことは、それまで無かったかもしれない。そしてその感謝の理由は二つあった。一つは経済的に助かって、「ありがたい」ということ。二つ目は、自分だけの看板に対して仕事を発注してくれたことへの「感謝」だった。
会社を辞めるときに、不安材料はたくさんあったが、一番心配していたことは、自分個人の名前(看板)で、本当に仕事が来るだろうかということだった。会社時代も、当然ながらお客様から仕事を受注していた。しかしそれは上場企業という会社の看板があってのことである。もちろん私個人を評価して「あなたにやってほしい」と明確に言ってくれるお客様はいた。しかしそれはお世辞も入っているだろうと、100%自分の力を信じることはできなかった。なので自分の社会の中での仕事能力は、正直評価不明だった。なのですくなくとも思い上がることはなかった。本当に相手が評価してくれなければ、個人に仕事を出してくれることはないと思っていた。
なぜなら自分が逆の立場だったらそうだろうから。なので初めて個人で仕事を獲得したときに、この不安が少し払しょくされた。
そして、しばらくしてまた一つ受注。これは前の会社の先輩が、会社の仕事の一部を出してくれたものだ。会社を辞める時に、親しかった先輩や、上司には丁寧に事情を説明した。中には「頑張れっ」と、応援の言葉をかけてくれる人も何人かいた。この仕事を出してくれたのはその中の一人だった。いわゆる「ご祝儀仕事」という感じのものだった。応援してくれていると思うと、とても嬉しかった。
誰から言われたか忘れたが、「商売を軌道に乗せるには、3日、3週間、3か月、3年だぞ」と言われたことを思い出した。まだ仕事は軌道に乗ってはいないが、「確かに3か月以上かかったな」と、この言葉の内容を納得した。
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