メロスに激怒している
教材の仕事をしているせいか、太宰治を読むことがときどきある。太宰のメロスを、数年に一度読み直すことになる。
メロスは、わたしの学生のときも教科書にすでにあった。もう三十年経つというのに、かわらず教材に採択されるとは、名作なのであろう、さすが太宰。
しかしおとなになった今、メロスの自分勝手な愚かさが目につくばかりである。
これは教材なのだ、と思いつつも、読みながら腹がたって仕方がないのである。
妹の結婚式準備のために街へ行き、友達と会おうとするメロス。これはいい、存分になさったらいい。
でも、なにか事件に巻き込まれるわけではなく自ら暴君のもとに赴き、喧嘩を売るメロス。お節介にもほどがある。いや、王は悪いよ、相当悪いひとなんよ、でも初対面のよその街の男に突然城に乗り込まれて罵られる王にもちょっと同情してしまうのは、わたしが汚れたおとなになったからなのか。
好き放題言っておいて、怒りを煽り、「俺のこと、殺したかったら殺してもいいけど、ちょっと家に帰りたい」などとさらに煽るメロス。「だから友達を人質においていくわ」と無邪気に進言するメロス。友達には、まだ会ってないけど。ていうか、最近全然会ってない奴なんやけど。でもええ奴やから、人質になってくれると思うと勝手なことをぬかすメロス。このあたりで、読みながら、え、何この男、超クレイジーやん、となる。
家に帰るメロス。妹の婚約者に「突然やけど、明日うちの妹と式あげてや。もう婚約してるんやし、いつ式してもええやろ」とごりおすメロス。戸惑う婚約者。いや、こっちにはこっちの都合もあるし。明日て、早すぎへんと、そらそうでしょうよという理由で渋る婚約者。でも「いや、明日じゃないと駄目なんだ。絶対明日。明日にしてほしい」と納得いく説明もせずに、ただごりごりと説得してくるメロス。ごりごりがすぎるメロス。こんな家族いたら、ほんと迷惑、と読みすすめる。
そして結婚式。みんないいひとすぎんか。
明日の夕方までには戻らなくちゃいけないというのに、陽気に騒いで酒を飲んでうかれるメロス。大丈夫かいなと心配するわたし。雨がふって橋が流され、大きな川を泳いで渡るメロス。ほら言わんこっちゃないと呆れるわたし。山賊の登場に、王のさしがねやなと思い込んで暴れるメロス。こちら、物語の最後になっても真偽はわからんのですけれども、結局君もひとを信じることはできないのやねと悲しくなるわたし。疲れ果て倒れ込み、もうこれ以上無理、友よごめん、俺行かれへんから君たぶん死ぬわ、と心で謝るメロス。いやいやいや、がんばれよ。お前が、言いだしたことやないかい。何をしょうもない泣き言をいっとるのかと激怒するわたし。
それでもメロスは走り続け、友の刑の執行をドラマチックにぎりぎりでとめ、僕は君をちらと疑った、頬をなぐれ、僕も君をちらと疑った、頬をなぐれ、などの有名なくだりを経て、王と三人、めでたしめでたしちゃんちゃんとなるのだけれども、最後につけられた、こういうのを太宰らしいというのか知らないけれども、その小ネタのオチがまたほんとにいや。
あらゆる艱難を乗り越えたせいで、裸のようないでたちになっているメロスに対してマントをわたした少女、この少女のこの行為、少女は何も言うてないのに、「メロスさん、裸なんてお寒いでしょう」とか「恥ずかしいでしょう」とかではなく、「あの子、きみの裸をみんなに見せるのが悔しいんやろね」という意味不明な発想をするセリヌンティウスが、すべてのめでたしをひっくり返すほど気持ち悪い。なんなの、その勘違い。突然たくさん喋ったかと思ったら、そんなこと言うんかいセリヌンティウスよ。
その上メロスも、「え、まじで」と言わんばかりに赤面までして、やめて、そういうのじゃないから、違うから!!と少女のかわりに叫びたい。そんなわけで猛烈に腹を立てながら読了する。毎度。
何度も読んでいるのに、何度もしっかり読んでしまい、その都度同じように腹がたつというのは、やはり名作だからなのであろう、さすが太宰。
どうぞみなさま、秋の夜長に読物など。