お気にいりの木製家具をおいていき、さびかけたスチール製のものをたずさえる
はじめに
同居するこどもがうつりさきをさがし中とあって、同時に旅立つつもりのわたしのひっこしはすこしあしぶみ。noteにはひっこしまえの記事がえんえんとならぶ。今回もそのひとつ。持っていくものとそうでないものの概要がわかった。そこからみえてきたものは。
きょうはそんな話。
選んだ材質は
半世紀以上生きるとものがふえるのは道理。いったん家族がふえるとさらにそれが助長される。もち家となり油断した。そううごく機会はないだろうと大きくおもい木製の家具にした。にもかかわらず1年たたないうちにあてにしていなかった留学がきまり、家族をひきつれ新築のわが家をあとに。もどってはきたが水栓などがおかしくなり修理するはめに。
さて、木にはこだわりをもつわたし。そのぶんほかの材質、とくにスチール製のものは海からさほどはなれていない土地なので必要最小限に。プラスチック素材のものはここではとりあげない。
家具店に足をはこぶと無垢材の家具よりもベニヤ板や集成材のものがめだつ。体裁はさほどかわらずとも価格は材質でちがう。来るまえはなるべく国産をと考えていたが、値札をみてあきらめざるをえない。やむなく外国産だが無垢材、10数年しかつかわないはずのこどものものは集成材を中心にえらんだ。強度のほしい用途にはもたないのは承知のうえでスチール製を。
もちがいいのは
四半世紀あまりつかいつづけて予想どおり差がついた。スチール製はいずれもさびがめだちはじめた。玄関のアルミサッシもそう。ところどころ表面がはげてしろっぽくほしのような斑点が。
「潮風ののちには手入れをしてくださいね。」とひきわたし時の業者さんの声がかすかに耳にのこる。ほとんど手入れできていないさまをさらす結果に。それにたいして室内の無垢の家具はいずれもがたつきすらなく、いずれも長年つかい黒光り。
一方、こども用に購入した集成材のものはすこしようすがちがう。あとから購入したはずの本棚の扉は根もとの可動部が購入後まもなく欠けた。この部分にたよるガラス扉は早々にはずしてつかうことに。
あとでわかったがなかのまじきり板や棚はベニヤだった。このときの品えらびを家族にまかした自分がよくない。念のために台所の食器棚を確認。こちらは外側の骨格は無垢材。棚も無垢の板材だった。
ちょうつがいのステンレス部分。四半世紀あまり毎日なんども開閉するが、がたつかない。まだ10年や20年は耐えられそう。とうぜんたずさえたいところだが。
移るさきのスペースは
ひっこしさきの賃貸のスペースはかぎられている。いまのダイニングキッチン全体がほぼ生活スペースのひろさ。これでもひろめをさがしてようやくみつけた物件。それなりに時間をかけた。
もっていけるものを厳選。上記の食器棚や家族の桐だんすなど大きなものはもちこめない。集成材のもので唯一、分解できるテーブルのみもちこめそう。それ以外はほとんどがリサイクルショップ行き。
それではなにをもっていくのか。じつは上にあげたサビの出はじめたスチール製やベニヤ製のカラーボックス。これらをたずさえてつかう。なにか理不尽だがいたしかたない。学生時代に舞いもどるかのよう。これらはいずれも分解可能。つごうのいいときにわたしが車でもちこめる。これがけっきょくきめてになった。無垢材のものは小物入れ以外ともにせず。
おわりに
どうも納得がいかない部分もあるがいたしかたない。ここで無垢材の家具たちのほとんどとはお別れ。かわりにつかいなれた一部は学生時代からのスチール製のものたちを朽ちる直前までつかいつづける。
いずれはすべて無に帰す。いちばんさまになるのはかばんひとつで移り住むこと。こんなことできるわけないか。自分でつっこみをいれておく。
関連記事
広告