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【読んだ本】短歌同人誌 琥珀糖 創刊号

秋月祐一さん主宰の「琥珀糖」がとても素敵だったので、感想をまとめました!

21名の作品十首から、特にお気に入りの1首ずつを引用させていただいております。
連作タイトルとお名前は太字にて表記。(敬称略)

あれが北極星(ポラリス) 碧乃そら 
吾(あ)が指をタクトのやうに父が振りカシオペアから北極星(ポラリス)たどる

1首目から。子供のころ見上げた北極星を、成長して学生になり、子供ができ、また見上げる。
10首で物語として感動する美しさ。すごく好きです。

ラーダとユーリ 秋月祐一
きれいな落ち葉あつめてあの子にあげようと思ってやめた、空にぱあーっと

6首目から。歌会で3首目を拝見しており、その時にはもっとアンドロイドみたいな、無機質な感覚で受け取っていたのですが、10首で読むとNHKのクレイアニメみたいで、優しくあたたかなファンタジーのような色を感じました。とても素敵です。

拝啓 財務大臣殿 アゲとチクワ
「あたためて食べて」のメモがテーブルにお疲れさまとあかりを灯す

2首目から。10首ぜんぶの温度感がとても好みです。特にこの短歌の、暗い部屋に主体が帰宅し、電気をつけ、メモが明るく灯され、食事を作ってくれた方と主体自身への「お疲れさま」がある。優しさとあたたかさ。連作全体が、とても軽やかで楽しい。

いのち、うまれる 浅木唯有
吉野弘「I was born」を思いつつ
生きられぬ子を産むための陣痛に天使がそっと寄りそっていた

7首目から。死産であっても出産しないといけないと聞いたことがあり、その光景がまざまざと浮かんだ。とても悲しくツライ映像を、あたたかく短歌に包んでいる。全体を通していのちの循環、つながりを感じました。

夏の終わりに あずみのマルコ
青春の西日の強い四畳半カレーをひとり持てあましてた

7首目から。すごく好きです、この光景。上の句が特に好き。古くて狭くて暑くて、多めにカレーを作っても全部一人で食べるんだろうなあ。孤独なのかもしれないけど、どこか侘しい空気にならないのはなんだろう。主体の若さを感じるからなのでしょうか。

Nostalgia 一ノ瀬美郷
クラリネットのかたいケースを抱きながら耳をすまして春の音を聴く

1首目から。私も学生の頃クラリネットだったので、共感ばかり。その中でも特に「かたいケースを抱きながら」の箇所。ケースには肩紐が付いていたり、持ち手が付いていたりするので、多くの場合、抱かなくても鞄のように持ち運びができます。
主体はクラリネットを大切に抱きながら通学しているのだろうか……。(3首目以降の様子から学生と思われる)もしくは、学校から借りている楽器は古い場合が多く、持ち手が壊れているから仕方なく抱いて運んでいる。ということも考えられます。どちらにせよ、鞄のように持たずに抱くことで、あのかたいケースのひんやりとした感触まで伝わってきます。とても好きです。

小麦になりたい 江間あやせ
法律で最後は火葬されるなら終わりの前に小麦になりたい

9首目から。ぜんぶ好きなのですが、特にこの感覚、いいなあ、と思いました。
「小麦になりたい」と思ったことがなくて、どういう感覚なのか分からなくて。調べてみると、小麦は秋に収穫するものと、初夏に収穫するものがあるらしいのですが、一読したときに心地よい秋風に揺れる小麦のイメージでした。確かに火に包まれるより、最後は風に包まれていたいなあ。

塩の定規 きいろ2号
干からびた海月 干からびた足音 私には多い境界線が

5首目から。一字空けが二回。この空白の部分で、プツプツとリズムが途切れ、映像として切り替わる。結句の「境界線が」に繋がるイメージがありました。さらに「干からびた足音」って「足跡」じゃないんですよね。ここ「音」なのか。とても好き。10首目もすごく好きです。

君と目覚める春を待ってる 黒瀬乃良
トンネルに入ればラジオのクリスマスソングが途絶える 夜が泣き止む

6首目から。すごくリアルに想像できる光景。それまでかかっていたクリスマスソングが、トンネル内の電波の悪さで途絶えた。そのときの状況を「夜が泣き止む」とする主体の感覚が素敵だなあ、と感じました。5首目からの流れと合わさってとても好みです。

口福 白川楼瑠
信仰を山に求めた人たちへわたしのガリの山を見せたい

2首目から。ガリが好き。ということを、この上の句で表現できるのがとても素敵です。10首全部を読み終わったときに、「口福」ってすごくいいタイトルだなあ……と。日常の幸せがこんな風に詠めるのって、本当に素敵だと思います。3首目や5首目のリズムの良さも好きです。

家計簿 瀬戸さやか
ファブリーズパンツプリンタフリマ代雑費となってまとまる不思議

6首目から。上の句が全部カタカナで、畳み掛けるような表記でとても興味が惹かれます。結句が「まとまる不思議」なのもすごく魅力的ですね。「不思議」だと感じて、そのまま終わるのがとても素敵。実際の家計簿では、細かな計算がされているはずなのに、どこかファンタジーのような明るい優しさを、連作全体から感じます。

あまいあい 橙
冷ややかなカトラリーの音はせずに笑い声だけ響くリビング

3首目から。二句から三句にかけてが、最初に読んだ時はリズムが掴みづらかったのですが、連作として読み終わったあとにもう一度読むと、575のリズムからズレた音によって、楽しく賑やかなリビングを感じました。
優しくて暖かい連作で、幸せで泣きました。

余波(なごり) 高橋まみ
まごうことなき女です 凪いでいる海に浮かべる空(から)の卵巣

1首目から。連作として10首目までを読んで、私は経験が浅すぎてなにも言えない。というのが、正直な感想です。
この主体の苦しみや悲しみに寄り添う言葉を持っていないし、私が理解できると言うことはできない。その上で、連作全体から感じる色気や生き方が、とても魅力的だと感じました。

クレヨンの黒 ーひと夏のいのちー 月夜の雨 
ぐりぐりとすり減ってゆくクレヨンの黒は真夏のいのちの色か

6首目から。感じたままを表現する子どものエネルギー。それを「真夏のいのちの色か」と感じる主体の美しさ。いいなあ。10首目の成長と優しさもとても好きです。

夏、2024    月立耀
ガンという言葉はとても強いから半濁音にしてくれないか

3首目から。伝えられた言葉と、そのなかでいつもの日常を送る様子。ひとつひとつに、とてもリアルな手触りがある。その一方で、暗い短歌にならないところは、主体の感情として、事実を信じたくないといった感情からくるものなのかもしれない。と感じました。

初恋の君へ 松本桃英
初恋はみのらぬものとよく聞くが違う角度で納得してる

1首目から。連作10首を読んだあと、1首目を読むと、結句の「納得してる」って、全然納得してないんですよね。10首ずっとその人のことばかり考えていて、何をしても思い出す存在。10首目もすごく素敵です。「初恋の君」のどんなところが好きなのか、詳しく聞きたくなります。

パンと注射針 水川怜
血中の酸素濃度は九十五 国語のテストならばいいほう

3首目から。子どもの発熱で病院へ連れて行く連作。1首目からすごくわかる。と共感。その中でも、この3首目の感覚。「酸素濃度」を伝えられても、それっていいの?悪いの?という、あの時の感覚を、「国語のテストならばいいほう」と表現しているの、すごい。10首目の成長を感じるところも素敵ですね。

夏の果て 瑞野明青
草むらで寝転び月を見た夜に隣にいたの誰だったっけ

1首目から。連作は君と主体の話のはずなのに、どこか実体の掴みづらさを感じる「君」。そのまま10首目まで来て、そのあともう一度1首目を読むと、結句が「誰だったっけ」なんですよね。すごい。全体にすこしずつ感じる違和感。アニメの『四畳半神話大系』を見た時の感覚が一番近いんですけど、あの感覚をうまく表現できない……。

雲行きチケット りんか
ペリカンの口のなかには夢があり水をザバリと出せばほら、虹

4首目から。一読してとても鮮やかな色を感じました。韓国のお菓子のトゥンカロンを思い出す、可愛らしい色。実景ではないだろと思いますが、そのなかで惹かれる美しさ。連作として、ぜんぶ彩度が高く感じますが、6首目にはリアルな感覚があるところも、素敵だと感じました。10首目の感覚もすごく好きです。

合同連作二十首 とりあえずビールください くらたか湖春×吉本美加
「とりあえずビール」のようなキスをして始めてしまえかりそめの夏
二番目になりたい夜だ「とりあえずビール」みたいにくちづけられて

1首目、2首目から。繰り返しのリズムの良さと、気になる二人の関係に一気に読んでしまう。10首目の光景もとても好きです。

ここまで読んで、「琥珀糖」まだ前半です…!

坪内稔典さんの連作から始まり、上記の作品十首。特集『迷子のカピバラ』秋月祐一さんの自選二十首、評論、一首評、対談、一問一答。短歌交換日記。
といった、大満足の一冊ですので、オススメです!
通販もされているようですので、詳細は琥珀糖のX(@kohakutou_tanka)をご確認くださいませ〜☆