illusion&杞憂 are

自分、それ考え過ぎ。
幻は幻でしかない。

僕は楽観的な人間だった。「だった」、過去形。今はどうか?悲観的だ。例えば、仕事で怒られるとやっぱ自分はダメなんだ。文にしてみるとそんなことか、と思うけど、当時はメンタルが抉られる。これが繰り返されるともっと抉られる。

なぜ悲観的になったのか。仕事の環境が変わって、否定されることが増えてその分前向きの源になる成功体験が減ったからだ。更に否定され続けて自分を責めるようになったから。この循環に入ったら終わりも同然。否定を回避しようとして、否定を気にして、プラスαのパフォーマンスができない。余計に成功体験が遠のく。
 
しかし最近気づいた。それが杞憂だったことに。心配しすぎんなよって話。
悲観的になるまでの工程には余計な工程がある。
否定、指摘を受けた→落ち込む→自分を責める
最後の自分を責めるという工程。これは自分が作り出した仮想現実。仮想、幻だ。幻は幻、気にするなよって話。落ち込むのは仕方ないけど、幻は気にしても意味ない。
この結論が出たとき、少し軽くなった。
ただ他の工程も苦しいからそれに耐え得るメンタルは必要。そのメンタルが鍛えられたとき幻は見えなくなる。
今日から幻排除の意識を持つ。

幻を考える=杞憂